木曜日は曲がりくねった先にある

出 版 社: 講談社

著     者: 長江優子

発 行 年: 2013年08月

木曜日は曲がりくねった先にある 紹介と感想>

「受験だけが人生のすべてではない」というのは正論です。とはいえ、誰がこの台詞を説得力をもって言えるのかと思います。自分も志望校には入れなかったので、受験に失敗した方だと思います。そんな自分が口にすれば単に負け惜しみにしか聞こえないセリフです。逆に受験を勝ち抜いた人が言ったところで、嫌味や尊大に思えて、白けてしまうものでしょう。なかなか素直に受け入れられることはないのではないかと思います。一体、誰に言われたら納得できるのか。実際、受験が上手くいっていたら、人生自体が上手くいっていたのではないかと思うこともあります。などというようなネガティヴ思考が身についてしまったことが何より問題です。受験だけが人生のすべてではないのですが、受験でつまづいてしまうことで、人生を見失うことは多いでしょう。この物語は中学受験に失敗した子が主人公です。学力テストに合格しながら、その後に定員オーバーのため抽選で落とされるという、不運を嘆くしかない状況に陥りました。自分の力不足なら、まだ諦めがつくものの、運が悪かっただけとなると、どう気持ちを切り替えたらいいのか。自ずと、人生を投げ出してしまいたくなるものです。そんな捨て鉢な気持ちで公立中学に進学した主人公が、その世界観を揺らがされる出会いを経て、考え方を変えていきます。一体、どんな出来事に遭遇すれば、頑なになった気持ちがほどけるのか。物語はここに思わぬ題材を掛け算でぶつけてきました。当たり前のことですが受験だけが人生のすべてではありません。それが腑に落ちるまでの蛹の時間にもまた心惹かれるものです。

中学に入ったら、冬眠する。そうミズキが決めていたのには訳があります。これまでの自分を捨てて、心を動かさず、授業にも身を入れず、友だちとも付き合わず、浅い眠りのような毎日を生きる。ミズキは何にも希望が持てず、毎日が色あせて感じられるようになっていたのです。国立中学の学力試験に合格していたミズキ。募集人員以上が合格した場合、抽選で入学者が決められる制度で、運悪く、落選してしまったことはミズキを深く傷つけました。抽選番号が一番違いの友だちは入学できたのに、どうして自分はダメだったのか。忸怩たる思いを抱え、世を拗ねたミズキとはいえ、中学校では集団行動をしなければなりません。体育祭の競技の三人四脚でチームを組まされた鳥羽杏奈と富永ぷらは、とミズキはなんとなくつきあうようになっていきます。目鼻立ちが整っているけれどどこかズレている鳥羽さんと、クールな富永さん。親しくなるわけではないものの適度な距離感で協力関係を築くことになった三人。そんな彼女たちにクラブ勧誘の声をかけたのが三年生の男子、理科部の長南先輩です。理科部の活動を見学した三人は、二年生の鉱物好きの変わり者の男子、キヨキヨ先輩に煙に巻かれながらも、その活動へ参加することになります。それには、そこに居合わせた一年生の男子、カナトが理科部に参加表明したことが少なからず影響していました。同じ小学校で四年生の時に転校してしまったカナトと久しぶりに再会したミズキは、かつて彼のちょっと変わったパーソナリティに興味を覚えていました。大人びた態度をとったかと思えば、それぞれの曜日が違った色のジェットコースターみたいに見えるなんて言い出す、気分屋でとらえどころのないカナト。別に好意があるわけではないといいながらも、鳥羽さんが積極的にカナトに近づいていけば、複雑な気持ちも渦巻くミズキの心中です。理科部で一緒に活動しながら、やがてミズキはカナトのどこか解せない行動や表現の真相を知ることになります。そのことはミズキの鬱屈した気持ちを、紐解いていくきっかけとなるのです。

特に仲が良いわけでもなく、無理して付き合おうとしていない女子同士の関係性や距離感の描き方が、概して友人関係に拘束されがちな中学生女子モノとして斬新です。親しかった友だちが国立中学の抽選に受かり、自分は落ちたことで進路が分かれてしまったこと。元は自分の方が成績が良かったのに、公立中学に進むことになったミズキの鬱屈も垣間見え、その反動による中学校での冬眠生活がもたらす世界も興味深いのです。また娘の受験に躍起になる母親との関係も、母親自身の葛藤も含めて読みどころです。友だちや母親など、相互に依存関係に陥って、互いに苦しめあうことが物語の常套ですが、一旦、退いたところから、あらためて人との関係性を見出していく主人公の逡巡が読ませます。何より興味深いのが、カナトの「秘密」です。小学生の時、一週間の各曜日は、それぞれ違った色や形状があると話していたカナトは、個性的な感受性を持っている子としてミズキの目に映っていました。実際、カナトは、この世界を普通の人とは違う感覚で捉えている「共感覚」の持ち主だったのです。音が見えたり、文字を色として感じたり、五感が普通の人とは違っている「共感覚」は実際にあり、物語の中でも良く題材にされるものです。それはこの世界を豊かに感じられるギフトでもあり、その人とのズレが生きづらさを感じる要因ともなります。受験に失敗した失意から人生を見失いつつあったミズキと、まったく違う次元でこの世界と対峙しているカナト。理科部で活動する中で、キヨキヨ先輩の影響を受け、鉱物に思い入れることになったり、自分とは違うタイプの同級生たちとつきあうことで、ミズキの心には多くの化学変化が生まれていきます。誰かからの説得や指導がなくても、人間は自ずと真理を悟るものかも知れません。いや、それもまた人との出会いという運、不運はあって、運に恵まれない人もいるわけです。ここは難しいですね。