歩く

Small steps.

出 版 社: 講談社

著     者: ルイス・サッカー

翻 訳 者: 西田登 金原瑞人

発 行 年: 2007年05月


歩く 紹介と感想>
この物語の主人公の名前は「Armpit」。アームピット。つまり「腋の下」です。この変な名前は、さすがに本名ではなく、不良少年の更生施設グリーン・レイク・キャンプに収容されていた頃、仲間たちから呼ばれていた仇名です。あの頃の彼は「オレのことは「腋の下」と呼べ」と自ら名乗っていたわけですが、今は、その名前を微妙に持て余している感じなのです。できれば、もうその名前とはサヨナラしたい。カッとして暴行事件を起こした彼は、収容所で「穴」掘りの強制労働に従事させられることになりました。怒れる黒人少年だった彼がそこで得たものは、穴掘りの技術と、不屈の体力と、そして仇名で呼び合える仲間たち。何分、そこにいたのは「X線」だの「イカ」だの、「ゼロ」や「原始人」なんて、人種もタイプもバラバラな変な名前の連中ばかり。彼がアームピット(腋の下)と呼ばれることになった理由も、複雑な説明を要するわりには、まあたいしたことではなく、結局、それは、あの仲間の一人であることの称号だったのです。しかし、かつての仲間たちの間での称号は、今の彼にとっては、照れ臭く、恥ずかしいものに変わっていました。ルイス・サッカーの人気作品『穴』の登場人物たちが登場する、スピンオフ続編ですが、ちょっとモードの違う作品ですので、『』のことは、あまり意識しない方が良い感じです。この作品から読んでも非常に面白いはずです。

更生期間を終えて、実家に帰ってきた彼、アームピットは、造園業のアルバイトをしながら高校卒業の資格を得ようと学校に通っていました。もはやアームピットではなく、本名のセオドアとして。とはいえ、なんとなく学校では微妙に浮いている感じですし、両親からも、また犯罪を犯すんじゃないかと疑われてばかりいます。そんな頃、彼のことをアームピットと呼ぶ、かつての収容所仲間の「X線(エックス・レイ)」が訪ねてきます。調子のいいエックス・レイが持ちかけてきた、ちょっとした金儲けの話に乗ってしまったアームピットは、やっかいなトラブルに巻き込まれるわけですが、同時にそれは、どうにもこうにも「青春小説」な展開をも運んできてくれます。ソワソワとしながらも、いきがることもなく、クールに、地道にコツコツと、自分の道を歩きはじめた少年の小さな一歩は、ちょっと道を逸れるけれど、それでも本質を見失わなかったようで、そんな彼の不器用な真面目さが微笑ましく、物語は進んでいきます。

更生施設送りになったこともある黒人少年、というレッテルは、彼を社会の中の小さな存在として押し込めようとします。それでも弱音を吐かずに、黙々とやっているアームピットの姿には好感が持てます。彼が暮らす社会のリアルは、コミカルに描かれているものの、やはり重いものなのです。人種や経済状態で、言葉通り「棲み分け」られている町で、さらに更生施設帰りの少年が、そこから踏み出していく、その一歩はなかなか前に進まず、ついぞ、甘い誘惑にも負けそうになってしまう。でも、そんなアームピットにも、今は支えあえる仲間がいます。ジニー。アームビットの隣の家に住む、十歳の白人の女の子。脳性マヒで身体や言葉の自由が利かない彼女は、散歩のパートナーとして以上に、アームピットを必要としています。アームピットは、彼女から初めてもらった信頼や尊敬に、人間としての自信を回復していきます。凄く、いいんだな、この二人の関係性が。この物語の一番のツボです。ジニーという子の素敵な感性は、その言葉の端々からうかがえるのですが、子どもながらにアームピットを思いやり、喜んだり、さりげなくがっかりしたり、気持ちを動かしているであろう心の裡が想像されて微笑ましくなります。大きな一歩は足をすくわれかねない。SMALL SETEPS(本書の原題)、小さな一歩を積み重ねればいい。そして、誰かと支えあう時、一人では踏み出せなかった一歩が、踏み出せるかも知れない。アームピットが苦い経験から知ったこの真理は、全米で一番有名で、それでいて孤独な気持を抱えた少女にも届くことになるのですが、それは読んでのお楽しみ。たくさんの警句もウィットがあって、読むこと自体の心地よさのある作品です。

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