真夜中のカカシデイズ

出 版 社: 学研プラス

著     者: 宮下恵茉

発 行 年: 2011年05月

真夜中のカカシデイズ  紹介と感想>

新学期がはじまって随分と経っているのに、クラスにまだ親しい友だちができなくて焦りまくる、という夢をいまだに見ます。コミュニケーションが得意ではないという自覚もあり、学生時代は苦労してきたのですが、根深く心に刻まれていることなのだと思います。孤独でも自分のスタイルを貫いてタフに生きていけばヨシ、なのですが、周囲になじめないことに自分の社会性の足りなさを思い知り、自信を失ってしまうものなのです。不登校の要因は人間関係だけではありませんが、誰かイヤな奴が学校にいることだけでなく、自分の至らなさにおののいてしまっていることもあるかなと思います。幸い学生の時は不登校に陥らずに済んだものの、会社員になってからメンタルダウンしてしまったので、周囲の環境と自分とのバランスのとれなさの苦しみというのは良くわかります。この物語は、不登校進行中の中学一年生の少年、聡太が、ここまでに至った経緯と、そこから抜け出せない現状がつぶさに語られていきます。この心情にトランスしてしまって、なかなか辛い読書となりました。ファンタジーとも、自分の心が見せた幻想とも思える不思議な展開が、聡太の心に変化を起こしていくことで転機が訪れます。実際、中高年になるまで引きこもりを続けるケースもあるわけで、救われる兆しがあるだけでも幸運なのかも知れませんが、転機はきっとくるのだと信じることで活路は開けるのだと思いたいところです。

小学校入学前に都市部から引っ越してきた聡太は「文化の違い」ために同級生になじめず、次第に引っ込み思案な少年に成長していきます。学年は上がっていくものの、親しい友だちもできないままの聡太は、やがて友だちと遊ぶこともない放課後の退屈な時間を学習塾に通うことで紛らわすようになります。ここで勉強に打ち込んだことで、成績が上がり、クラスの中でも優等生として認知され、ようやく教室での居場所を見つけられたような気になります。塾でも最上級のクラスに入れることになり、そこで一緒になった他の小学校から通う少年、ナッカンと親しくなります。ナッカンとは共通点が多く、お互いが趣味のクイズを出しあうことも楽しく、同じ小学校の凡庸な同級生たちとは違うものを互いに認めあう仲になったのです。二人で同じ難関中学校を受験して進学し、一緒にクイズ同好会に入ろうと誓ったのに、結果、聡太は合格、ナッカンは不合格。聡太だけが難関中学に進み、ナッカンは公立に行くことになります。ここから再び、聡太の運命は暗澹たるものとなります。もとより社交性のない聡太は中学校でも友だちを作ることができず、ナッカンとメールでクイズを出し合うことだけが楽しみになっていました。それが次第に返信がこなくなり、疎遠になっていきます。ナッカンに会おうと訪ねて行ったところ、彼が中学で入ったハンドボール部の仲間たちと楽しく過ごしているのを、コンビニの陰から見ながら声もかけられない聡太の図は、哀切極まりないところです。こうして、心の支えを失った聡太は、不登校の昼夜逆転生活へと突入します。もうここまでのくだりだけでインパクトがありすぎますが、無論、ここがゴールではなく、スタート地点なのです。実に読みごたえと緊迫感がある展開に引き込まれます。

聡太の不登校生活を変えるきっかけとなるのが、午前二時のコンビニ通いです。そもそも他に外界との接触がないままTVゲームにはまり込んでいる生活なので、家の中で何も起きないまま失意に沈み続けるハードライフ。唯一、外に出るのが真夜中の時間。そこで聡太は、不思議な現象に遭遇します。道すがら横切る田畑に設置されていた四体のカカシたちの声を聞いてしまった聡太は、驚きながらも、夜な夜なカカシたちと話をするため会いにでかけます。マネキンに服を着せられたカカシたちは、マネキンとしての自覚はあるものの、自分たちがカカシであることに気づいていません。着せられるもので人格が憑依するマネキンカカシたちは、それぞれ個性的で、何よりもその人生観も死生観もが、聡太の感覚を遥かに越えた存在でした。マネキンからすれば人間の聡太の悩みは一笑にふされる程度のものなのです。マネキンカカシたちとの交友とその別離から、聡太は新しい扉を開く手がかりを掴みます。これはファンタジーなのか、聡太の幻聴による自問自答だったのか、はわからないところです。ただ聡太が苦しみながらも自分と向き合った結果として、次の一歩を踏み出していく勇気がもたらされたことは確かなことで、そこにエールを贈りたくなる魅力的な物語です。ともかくもカカシたちの突き抜けた個性や、陽気な言葉の裏にある哀しみなど、読みどころも沢山あって、そのユーモアにも救われます。どんなに付き合い下手な人でも、人間はやはり誰かと関わりたいものだと思います。ただ、それを素直に認められないんだよねと、自分に鑑みつつ呆れています。自分の本当の気持ちを自分で認めることの難しさを思います。この作品を読んで、自分を省みることをおすすめします(地雷を踏みまくることになりかねませんが)。この物語が書かれた頃は、mixiはあったけれどLINEはどうだったかなという頃で、現在ほどSNSも大隆盛ではなかったかと思います。実際、ネット上が居場所になってしまうことにも功罪はあります。孤独と向き合う時間が次のステージへのパスになることもあり、辛い時間ですが、実りある潜伏期間として結実することもあるかなと思うのです。ついでに、お笑い芸人の千原ジュニアさんが自身の引きこもり生活を書かれた『14歳』という自伝小説が秀逸なので、おすすめします。有名中学に進学して、そこから不登校になり、ひきこもるのですが、その心境描写が鬼気迫るものがあります。お笑いの道に引っ張りこんでくれた兄(セイジ)のおかげで道が拓けるのですが、神経質な弟と細かいことを気にしない兄という対比が面白く、こんがらがってしまった心を解いてくれる、そんな大雑把さもアリなんだなと思わされます。実際、引きこもりから売れっ子芸人への道が拓けるなんて相当ラッキーなファンタジーであって、この物語のような自助努力こそが現実的なのかなと思います。たとえカカシの声が聞こえたとしてもです。