野原できみとピクニック

出 版 社: 偕成社

著     者: 濱野京子

発 行 年: 2021年03月

野原できみとピクニック  紹介と感想>

完全にはわかりあうことはできない、というのが人と人との関係の悲観的な定説です。物事の捉え方や価値観の違いは育った環境に左右されますが、一緒に育った兄弟姉妹であっても生じることなので、そこは個人の資質の差もあるのではないかと思います。多かれ少なかれ人の感性や感覚は異なり、理解しあうには障壁を越えなくてはなりません。わかりあうことは難しいけれど、究極的には、わかりあえていなくても、人同士には互いを思いやる気持ちが生まれるし、愛しあうこともできます。違いは違いとして認めあいながら、それでも一緒にいられる時間を大切にしていくべきなのだろうと思います。それが本書への美しい感想です。なんだかSMAPというか山崎まさよしさんの『セロリ』みたいになってしまうのだけれど、やれるだけ頑張ってみる価値はあるのでしょう。それが真理なのだと思いたいところです。同じく濱野京子さんの『with you』は、それぞれ家庭環境の違う少年と少女が心を寄せ合い、一緒に生きていく姿を慈しむ物語でした。相手の置かれている立場を慮れるようになるには、ぶつかりあい、傷つけあいながら、痛みとともに学ぶ必要があります。そうしたプロセスの中で、わかりあうことができない障壁があることを認めあいながら、それでも人を愛することは両立できるのだと力強く描かれた物語でした。本書はそのテーマを進め、生まれ育った環境の違いから生じる感覚の違いに焦点を絞りながらも、それを越えたところでの友愛を描き出します。人の気持ちなどわからないものだから、あえて慮ったり、斟酌したり、まあ近年はあまり良くない意味で使われていますが、忖度することもあるのでしょう。そこには人に近づいていこうとする意思があります。損得勘定ではなく、友愛を深めたいという純粋な気持ちで、人が結びつこうとする。この物語は、その高い障壁を描くことで、理想を上滑りさせず、程よい着地点を見せてくれます。簡単なことではないのです。でも、諦めることもないのです。

同じ駅にある、裕福な子どもたちの通う私立S学園と公立の低辺校であるL高校。二つの学校は決して交わることがない、ということが駅から見える平行したレールに象徴されています。同じホームに立つことがあっても関わることはなく、互いの存在が見えない生徒たち。S学園に通う優弥と、L高校に通う稀星(きらら)が偶然にも親しくなったことから、平行したレールが交わりはじめます。冒険したい、わけではないけれど退屈を持て余している。そんな優弥の転機は、普段は立ち入らない駅の南口の、やや荒んだ駅前通り商店街に足を踏み入れたことに始まります。L高生に絡まれた優弥を稀星が助けてくれたことから、交わることがなかったはずの二人の世界が重なり始めます。アドレスを交換し、親しくメッセージを交わすようになった二人。写真部に所属している優弥は稀星にモデルを依頼し、彼女を写真に収めますが、部活では、L高生と親しいとは口に出すこともできず、偶然出会ったのだと説明してしまいます。それでも、優弥はより稀星に気持ちを惹き寄せられていきます。稀星に誘われて「はもれびカフェ」の子ども食堂を手伝うことになった優弥は、これまでに知らなかった世界に驚くことになり、また高揚を覚えます。優弥はS学園の同級生たちをここに誘うようになり、元々、ここを手伝っていたL高校の子たちとの交流が始まります。互いの「普通」が違う高校生たちは、噛み合わない気持ちを抱えながらも、やがて、ここで両校の生徒が交流できるイベントを企画することになります。これは考えるだけでも多難です。実際、紆余曲折します。交わるべきではないものが、交わってしまったのか。優弥と稀星の気持ちが近づき、互いに理解を深めながらも、より違いが明らかになっていきます。さて、物語が描き出すのはその先です。両校の交流と二人の行く末はどうなるのか。自分の中の理想と良識に照らして、問われるところの多い物語だと思います。

稀星に気持ちを近づけていきながらも「お坊ちゃんにはわからない」と言われがちな優弥。実際、優弥の考える真っ当な意見は、親から与えられた金銭的な余裕がベースにあるものです。人はそれぞれ何を思い生きているのか。それはS学園の生徒同士でも、L高校の生徒同士でもあるギャップであり、かならずしも経済的な問題だけでもありません。この物語は、非常に細かいディテールに触れて、子どもたちの生活感覚の違いを描き出します。食事の味付けひとつから導かれる、家庭の貧富の差がもたらす子どもの情操への影響。それはものごとの考え方や社会の捉え方にも影響を与えています。「育ちの良い人」の鷹揚さに憧れることもあれば、その甘さにイラつくこともあります。いや、それは自分の僻み目であって、なんとなく見下されているような思い込みがあるからなのか。わだかまる思いから解放されたら、世界はもう少し広くなるのかも知れませんね。「貧富の差があるカップルが周囲から理解されない中で愛を育む」ことは物語の常套であり、もはや古典的な題材ですが、昨今の貧富の格差が取沙汰されがちな日本の子どもたちの状況の中で、ロマンスの香りを感じさせつつ、テーマを考えさせる物語となっています。高校生たちが気づきを得る、いくつもの瞬間が訪れることが良かったですね。