魔女になりたいわたし

出 版 社: 童心社

著     者: 長崎源之助

発 行 年: 1975年06月

魔女になりたいわたし 紹介と感想>

魔女になりたいと言っていた小学四年生の女の子が、現実を受け入れて、物語の終わりに、魔女になることをやめる宣言をします。そこには色々な事情があるのですが、この心の軌跡が見どころです。空想癖が強くて、絵空事を本当のことのように夢中になって話す、いわゆる「赤毛のアン」タイプで、さらには、おしゃまで勝気。そんな、ちょっと手に負えない感じの子がヒロインとして登場します。学校でも浮き上がっていて、いじめられたりもしていますが、ものともしていません。そんな自由奔放で、夢見がちな女の子に関わってしまった男子たちは、どうしたものやらと思いつつも、彼女のペースに巻き込まれていくのです。最初はただの変な子だと思っていたのに、彼女のことが気になり、次第に彼女に関心を向けて欲しいと願うようになる。彼女をめぐるライバルが近くにいればなおさらです。いや、そんなに彼女のことを好きだったのかと言われれば、まだはっきりとした感情ではないというのが小学四年生なのですが、彼女が魔女宣言を撤回してしまい、ごく普通の子のようになってしまうとなれば、どこかさびしい気もするわけです。しかも遠くに行ってしまうとなったらなおさらです。童心社のシリーズ、現代童話館の一冊で1975年に刊行された、後にフォア文庫にも収録された作品です。大規模な団地が数多く建設された時代を背景に、親が働きに出ている鍵っ子たちの放課後が描かれるリアリズム作品です。そんな時代感もまたゆかしい一冊です。

自分の家の庭に落ちてきた一枚の凧を拾った小学四年生のテツヤ。その不恰好な四角い凧の裏側には、住所と名前が書いてありました。このたこをひろったら届けて欲しいというお願いに、ちゃっかりしているなと呆れながらも、そこに書かれた「大川ジュン」という名前に、同じクラスにいる男子、田中ジュンみたいに面白い子なんじゃないかと期待して、テツヤは訪ねてみることにします。住所の「みどりが丘」は新しくできたマンモス団地がある場所でした。あまりにも大きすぎて、どこがどこなのかよくわかりません。ところが、迷っているうちにたどり着いた空き地に、その住所の立て看板があるのです。空き地には古い冷蔵庫や車などが捨てられており、その赤いポンコツの車から登場したのが大川ジュンです。てきぱきとして、いせいのいい女の子。ジュンは、たこを持ってきてくれたお礼に、自分の自動車を見せてくれると言います。テツヤを助手席に乗せてポンコツ車を運転するフリをしながら、ジュンはいきいきと空想の光景を語り、仮想ドライブをするのです。やがて見えてきた富士山をパパのお墓だと言うジュン。富士スピードウェイで亡くなったレーサーだったお父さんを偲んで、見えない富士山に思いを馳せるジュンに、テツヤは「頭がおかしいんじゃないだろうか」と、かなり引きます。とはいえ、翌日にもまたテツヤはジュンに会いにこの空き地にきてしまうのです。知らずしらず、心惹かれてしまっている。お母さんに変な子とは遊ばない方がいいと忠告されれば尚更なのです。そして、そんな魔性の魅力を持つジュンに翻弄されている男子は、一人ではなかったのです。

魔女になりたいというジュン。なんでもできる万能の魔女として、この世界どころか宇宙まで飛び回る空想を、果てもなくテツヤに語ります。ただ、ひとりぼっちのさびしさに耐えることが魔女の条件なのだとも言うジュンには、何かしら秘めた想いもあるようです。学校でいじめられていると言うけれど、いつもジュンをいじめている同じ学校のキヨシは、やはり彼女のことが気になって仕方がないという良くあるパターン。ライバルの登場によって、二人の男子には微妙な緊張関係が生まれているようです。さて、ジュンの心を悩ましているのは、お母さんが付き合っている男の人がどうも気に入らないということ。魔法でキリンにしてしまいたいと思うほど嫌っています。そこでキヨシが、この男性に嫌がらせをしようと買って出てしまうのは、かなりジュンに傾倒している証拠です。ところが、この男性のキヨシへの対応を見ていて、ジュンの気持ちは少なからず動くのです。ママの再婚に複雑な思いを抱いて揺れるジュンの気持ち。それを見つめる男子二人にはスタンスの違いがあって、ストレートに感情を表す素直なキヨシに、テツヤが好意を抱くようになるあたりも面白いところです。魔女になることをやめるとテツヤに告げるジュン。お母さんの再婚を認めたジュンの心の軌跡を、テツヤが問いただすこともないまま斟酌するあたりも短い物語の中に子どもたちの成長を感じます。海外に引っ越していくことになるジュンとは、ちょっと寂しいお別れの時がきますが、いつか見たこんなインパクトのある女の子の思い出は、少年の心にずっと灯り続けるのだろうなと余韻が響く結末です。