ガッチャ!

Notes from the midnight driver.

出 版 社: 主婦の友社 

著     者: ジョーダン・ソーネンブリック

翻 訳 者: 池内恵

発 行 年: 2008年01月


ガッチャ!  紹介と感想 >
原題は『NOTES FROM THE MIDNIGHT DRIVER』。ミッドナイトドライバーなんて言ったら、カッコいい感じだけれど、全然、そんなことはないのが十六歳の高校生アレックス。深夜に飲酒して無免許の暴走行為に及んだのは決してほめられたものじゃない。不良少年ではなくて、ごく普通の高校生がどうしてそんな暴挙に出たのかと言えば、それなりに理由はあるのです。それは、家庭崩壊の余波による心の乱れ。両親の離婚。父親はこともあろうにアレックスの小学生の時の担任教師と浮気して家を去り、一方、母親は母親で今日がボーイフレンドとの初デートという、十六歳の少年としては複雑な心境にならざるをえない現状からの逃避行。煮詰まった挙句に酒を飲み、したたかに酔っ払って、家の車に乗っての深夜の大暴走は、まあ、近所の家の庭に突っ込み、脳しんとうを起こしたぐらいで済んだからいいようなもの。とはいえ、この破壊活動と犯罪行為には、相応の代償を支払わされることになってしまいました。判事から課せられたのは、100時間の奉仕活動。ボランティアで老人介護をしなければならないという罰。そんなアレックスの苦闘の手記(NOTES)がこれです。さて、YAでは定番のボーイ・ミーツ・オールドボーイの物語がここに始まります。アレックスが担当することになったのは、どうにも偏屈な老人、ソル。このタイトルにはおそらく、音符(NOTES)という言葉もかかっているのかな。高校のジャズバンドでギターを演奏しているアレックスの音楽が、老ミュージシャンであったソルとの心のかけ橋になっていくのには、それなりに物語の進展を待たなければなりません。素敵な物語を彩る音楽。読み終えた後にも、ずっと余韻が残っています。

あまりにも横柄な老人ソルの態度に手を焼き、残り50時間もある、と辟易していたボランティアの時間を、あと50時間しかない、とアレックスが思うようになっていく心境の変化が実に心憎いところです。両親との難しい関係や、個性的なガールフレンドであるローリーとの、友だち以上だけれど、ほら、えーと、みたいな「はたで見ていると歯がゆい」関係を抱えているアレックス。そんな彼が、ソルの心の痛みを知り、少し大人になってい成長の過程も切なく、やがてきたるべき大団円にストンと丸く収まるあたりも実にナイスな構成になっています。ちょっと頭でっかちでグズグズしている、悩める少年アレックスの昼と夜が、ウィットに富んだ言葉で語られていくクールな物語。なによりも作者から登場人物たちへのたくさんの愛情に満たされた作品なのだと感じられます。

それにしても、ソルの口が悪いこと。ソルは、ユダヤの言葉であるイディッシュ語を交えながら、アレックスを罵倒します。「このシュルマゼル」と言われるものの、「このメシュゲネル」と言われなければ、それほど侮辱されているわけではないのだとか。意味は全然わからないけれど、なんか可笑しいのです。ソルは「おい、ボーイチック」とアレックスを呼びます。おそらく「坊や」とか「ボウズ」みたいな感じかなと思うのだけれど、フフン、若造め、という感じでいいのです。それでいて馬鹿にしているわけではなく、憎まれ口を叩きあいながらも、だんだんと二人の間には信頼関係が育っていきます。アレックスは弟子として、ソルの大切な魂を受け継ぐことになるし、ガールフレンドのローリーとの関係を、一番、やきもきしながら見守っているのもソルだったりします。荒っぽい言葉の応酬はあるけれど、あたたかさに溢れた作品でした。自分を振り返って考えて、年を追うにつれ「憎まれ口」を叩いてくれる人がだんだんといなくなっているようです。頭ごなしに「バカ」とか「トンマ」と罵倒されたいわけではないけれど、しょうがないなあオマエは、と呆れられながらも、気にしていて欲しいなんて思うこともあります。ズバリと心臓を射抜くような「手厳しい批判」は受けることはあっても、気軽なスキンシップのような「憎まれ口」は、言うことも言われることも難しかったりしますね。大人になってしまうとは、そういうことなのか。本当の気持ちは、テレ隠しの「憎まれ口」の裏にあったりする。そんな、ちょっとイイ感じを味わえる物語です。たまには悪口三昧のこんな作品も素敵ではないかと思うところです。なお「ガッチャ」とは、老人ソルが、してやったり、という時に叫ぶ言葉。これは「アイブガッチュー」のことだそうですよ。

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