ペーパーボーイ

Paperboy.

出 版 社: 岩波書店

著     者: ヴィンス・ヴォーター

翻 訳 者: 原田勝

発 行 年: 2016年07月


ペーパーボーイ  紹介と感想 >
1959年のメンフィス。中学生(七年生)になる直前の夏休みに、野球が好きなナイーブな少年が、友人の代役で一ヶ月間だけ新聞配達をするという物語です。それなりにインパクトのある様々な事件が起こりますが、回想の1959年の夏があの場所で美しく輝いている。そんな感覚のある穏やかな少年物語です。ボールを投げるのが得意な「ぼく」にとって、ポストに新聞を投函するのは、うってつけの仕事だけれど、この仕事に集金があることが気にかかっていました。「ぼく」には吃音があり、しゃべり出そうとすると、どもってしまうからです。人とのコミュニケーションが難しい「ぼく」だけれど、新聞配達の仕事を通じて、色々な大人たちと触れ合い、これまで知らなかった世界と出会っていきます。当時のアメリカの田舎町の文化、風俗も活き活きと感じられる清新な時代感覚あふれる作品です。

親友のラットが郊外に住むおじいちゃんちに行っている夏休みの間だけ、新聞配達を代わることにしたのは、ラットにちょっとした借りがあったから。きっかけはそんなことだけれど、これは大きな決断でした。「ぼく」は吃音のため苦手な発音があって、自分の名前を口にすることでさえも難しいのです。発音しようとして、呼吸困難に陥ることや唇を噛むこともあります。なぜほかの子は普通に話すことができるのに、自分はできないのか。「ぼく」はずっと、そんな気持ちを抱えて生きてきました。それでも、健全な両親とメイドのマームに守られて育った「ぼく」は、素直な気性で伸びやかな心を持った少年なのです。中学校に進学しようとする手前の夏休み、「ぼく」は新聞配達をはじめたことがきっかけで、何人かの大人たちと遭遇します。ちょっと訳ありそうな「大人の女性」や、人生を見通す目を持った「賢明な老人」、世の中のダークサイドにいる「不穏な男」。そして、ふとしたきっかけで自分の出生の秘密を知ってしまったことで、両親を違った目で見ることになったり、黒人のメイドであるマームの半生にも思いを馳せることにもなります。吃音という自分の問題と向きあうことだけでなく、広がりはじめた世界を少年が体感していくことで知る、驚きと、おののきと、貴い時間が物語としてつなぎとめられているところが魅力的です。

「ぼく」が出会った大人たちの中でも、新聞の配達先でもあるスピロさんが、とても素敵な人物として描かれています。長い年月を商船員として働き、世界を見てきた男性は、航海中に沢山の本を読み、思索を重ねてきた考え深い老人です。ちょっと古めかしい言い回しをしながら、「ぼく」を啓発し、哲学を語り、この世界の広さを見せてくれます。ボーイミーツオールドボーイは、児童文学作品の常套ですが、この作品もまた、そうした作品の魅力に溢れています。少年が大人の世界の匂いをかすかに感じた時、どこか近寄ってはいけないような、もっと覗いて見たくなるような、そんな戸惑いに翻弄されるものです。すっかりくたびれた大人になって、この世界があからさまに見えてくると、なんらサムシングを感じなくなるものですが、淡く胸が痛む懐かしい記憶に焦がされるところはあるかと。オールドデイズを呼び覚ます物語です。そういった意味では中年男性向けの作品かも知れません。良作ですね。ニューベリー賞オナーブックです。