夜光貝のひかり

出 版 社: 文研出版

著     者: 遠藤由実子

発 行 年: 2023年06月

夜光貝のひかり  紹介と感想>

自分が少年だった頃に、少し歳上の女の子と偶然、出逢って、親しくなったとして、ちょっとした時間を一緒に過ごして、色々な話もしたけれど、もちろん、そんな邂逅は束の間のもので、離れ離れとなって、やがてそんなことは忘れてしまって大人になって、もういい加減、年をとって中高年になったある時、ふとその人のことを想い出して、抱く痛みが、おそらくノスタルジーです。そんな記憶は僕にはないので、想い出すことも、胸をかきむしられるような気持ちもないのは、幸いです。ましてや、その人が色々とワケありで、特別な事情を抱えていて、蜻蛉のように儚い存在であったとして、非力な少年である自分には何もできないと悔やんだり、それでも精一杯、力を尽くして守ろうとして頑張っていたなんて記憶を胸にひめた人生は、甘美すぎて想像もできません。この物語はそんな少年時代の回想めいた遠景をリアルタイムで味わせてくれます。自分自身に失意を抱いた少年が、ひとり親戚の住む奄美大島へ出かけ、海岸で出会ったセーラー服を着た少し歳上の少女は、自らを幽霊だと名乗ります。少年は、俄には信じられないし、まだまだ自分のことで精一杯だったのです。そんな二人が心を近づけていく物語は、自分が誰か思い出せない少女の記憶が紐解かれることで核心に近づき、それは二人のお別れの時間を近づけていくものにもなります。その別れは、それでも哀しいだけのものではないのです。そんな切ない記憶がないことは幸いですが、いつか見た少年時代に戻って、味わってみたい気持ちではあるのです。

サッカー選手を目指す小学六年生の男子、彼方(かなた)は、プロチームの下部チームのセレクションという試験に落ちて、失意の夏休みを迎えていました。自分を馬鹿にしている同級生たちを見かえしたい。そんな思いに突き動かされていたのに、自分には無理だと思い知らされてしまったのです。腐った気持ちを持て余す彼方は、家族にも邪魔にされている気がしてきて、年長の従兄弟のケンゴさん夫妻が住む奄美大島に一人で出かけ、しばらく滞在することにします。驚くほど美しい景色の中、浜辺を散策していた彼方は、どこからか聴こえてくる少女の唄声に耳を止めます。唄っていた中学二、三年生に見えるセーラー服を着たその少女は、自分の姿が彼方には見えることに驚き、自分は幽霊だと告げます。流石にそんなことは信じられない彼方でしたが、次第に彼女と親しくなっていきます。生前の記憶がなく、自分が誰かもわからない少女は、なにか大切な約束があったのに、それが果たせないため、彼岸であるネリヤカナヤに行くことができないのだと彼方に告げます。ルリと呼ぶことにした、その少女と多くの話をするうちに、夢を持つことを諦めかけていた彼方は、少しずつ心を動かされていきます。生前、ルリはどこで生き、どんな少女だったのか。それを調べ始めた彼方の前に、沖縄とかつての戦争の歴史が浮かび上がります。手先が器用で、織り物作りと歌が好きだった少女は、なぜ命を落とすことになったのか。ルリの大切な約束とはなんだったのか。彼方は次第に核心へと近づいていきます。ルリの果たせなかった人生への想いを受けとって、自分の夢を叶えることを諦めない強い気持ちを彼方が抱くようになる物語を通じて、時と場所を越えて生きる二人の心が重なりあいます。ルリから託された夜光貝のペンダントの輝きが彼方のこの先の人生を照らしていく予感に、胸の奥に灯るほのかな光を感じます。

幽霊が見える子どもたちの物語は、児童文学の常套です。幽霊自身は、自分が何者であるのか、どうして死んだのかわからないことを前提として、その理由を一緒に探ることで進行していく展開の作品が多いですね。その真相に近づことで、魔法は解けてしまい、幽霊が幽霊として存在できなくなってしまう。一番肝心なのは、幽霊は、決して生き返ることはない、ということです。現世に残された想いが氷解して、成仏できるようになる。奇跡的に与えられていた人生の延長時点が終了するのです。ただそれは物語の終わりではなく、新しい始まりです。残された、これからを生きていく子どもたちは、バトンを渡されて走り続けなければなりません。むしろ、ここから走り始めるのです。もう少し深掘りすると、おおよそ主人公の子どもたちは、それまでの日常に屈託を抱えていて、意識してはいないものの、突破口を探しています。ハムレットのように、自分の定まらない人生が、亡霊を見たことで意味を持ち始めたように。幽霊が見える子どもたちは心の渇望を抱えています。失われた命は戻ってくることはなく、自分の命もまた同じように有限だと知ること。命の大切さを幽霊が教えてくれるあたりも児童文学らしさです。戻ってこないもの、帰ってこないものを、諦めるのではなく、あたたかく見送るというお別れの仕方もあります。今を生きること。そんな気持ちを新たにして、前に進みながら、ふと立ち止まって、いつか見たあの風景の中で一緒にいた人のことを想い出す。本書もまた、そこにある痛みと歓びを追体験できる物語です。