最後の宝

The last treasure.

出 版 社: 早川書房

著     者: ジャネット・S.アンダーソン

翻 訳 者: 光野多恵子

発 行 年: 2005年06月


最後の宝  紹介と感想 >
学生の頃、「将来、日本人が全部、滅んでもかまわないけれど、誰がウチの先祖代々の墓を守るかが心配だ」と地方出身の知人に言われて、インパクトを受けたことがあります。「田舎の人はご先祖と一緒と暮らしている」という言葉を実感したわけですが、「先祖の墓を守る」という感覚が希薄な都会育ちの自分の方が、逆にどうかしているのかとも考えさせられたものです。家系とか、血脈とか、一族とかを、縁遠いもののように思っていました。それでも、祖先の魂にアクセスすることには、多少の関心はあります。僕がまだ赤ん坊の頃に亡くなった祖父は、腕のいい指物師だったそうです。会社員の自分にとっては、手に余るような資質なのだけれど、そんな職人魂が自分にも受け継がれているのなら、ちょっと嬉しいな、と思います。会ったことのない祖先が遺してくれたものを受け継いで、今、ここに立っていると実感するのは、不思議な気がします。因習的なものには辟易しますが、守るべき大切な伝統や、スピリットがあっても良いな、と思うようにはなってきました。本書、『最後の宝』は、少年が、自分の家系に遺された祖先からの「宝物」を探しだす物語です。隠されていたのは宝だけではなく、失われていた心がそこにはあり、遥かな祈りと願いが甦るという、ヤングアダルト作品ならではの味わいもまた、巧妙に隠されています。

売れない作家の父さんと二人で、安モーテルの一室で暮らしている少年、エルズワース・スミスは、もうすぐ十三歳。頻繁に引っ越しをするため、友だちもほとんどおらず、しかも、父さんが、何故か忌み嫌っているため、親戚とのつきあいもありません。エルズワースが生まれた時に亡くなった母さんのことは知る由もなく、漠然とした寂しさを感じています。十三歳の誕生日の日、エルズワースの元に届いた一通の手紙は、遠いところに住んでいる親戚のエリザベスおばさんから。そこには、これまでエルズワースには伏せられていた一族の秘密が匂わされており、彼に助けて欲しいと書かれていたのです。ちょうど夏休みということもあって、エルズワースは、父さんの反対を押し切り、父さんの故郷である「ザ・スクエア」に一人で旅立つことになります。そこで待っていたのは、これまで知らなかった親戚である「スミス一族」です。スミス一族が、この土地に住むようになったのは、エルズワースの六代前の先祖にあたるジョン・マシュー・スミスの意向によります。財をなしたジョン・マシューは、それぞれの子どもたちのために「ザ・スクエア」に家々を建てるとともに、将来、一族の子孫たちが、経済的に困らないように、三つの宝を遺したのです。事業の失敗などの危機に際して、その時々のスミス一族は、宝探しを行い、過去に二回、ジョン・マシューが遺してくれた宝物を見つけ出しています。今、スミス一族は壊滅の危機に瀕していました。それを救うのは、ジョン・マシューの血を受け継いだ、もっとも年若い者。エルズワースと、彼からは遠い親戚にあたる、同じ十三歳の女の子のジェスがここにいます。これまで一族とは縁遠く、それぞれ複雑な家庭環境で育ってきた二人は一族としてどう馴染んだら良いのかもわからず、意地を張り合うこともあります。宝探しの謎解きを一緒に進める中で、一族の過去の悲しい事件と、二人が心に抱えている問題が交差していきます。これまで孤独に生きてきた少年と少女は、心に痛みをもった者同士として、そして同じ一族の末裔として、つながりを持つことになりますが、その悲しみもまた引き受けることになるのです。いくつかの心の捩じれが、解決しないまま、スミス家には残されています。祖先、ジョン・マシューの願いを、一族のもっとも小さなものたちが叶えようとする、謎解きの面白さと、ヤングアダルトの魅力が沢山つまった一冊です。

ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を読んだ際に、繰り拡げられる突飛なエピソードの連続を、とても面白く感じたものの、「孤独」と称される、あの一族の異質さが理解できず、逆に、これがラテンアメリカ世界のスタンダードなのか、と感心したりしていました。ここで言う「孤独」の本質が全然、理解できなかったのですね。『阿部一族』の異質さも、『犬神家の一族』の異質さも、それなりに理解できることを考えると、あらかじめスタンダードを踏まえられるかどうかがポイントなのかも知れません。さして歴史の長くないアメリカにおいて、「一族」という観念には、また微妙に違った感覚があるんだろうな。この物語の主人公であるスミス一族は、果たして、どんな一族だったのか。ただ「家名」の体面を守るのが家系なのではなく、温かく、血の通った思いや、志を受け継いでいくものだとしたら、「一族の伝統」というものも、とても羨ましく思えてきます。過酷な運命に翻弄される一族もあれば、また、深い愛情で結びつく一族の物語もあって良いのだな、と感じた一冊でした。

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