出 版 社: ポプラ社 著 者: 小嶋陽太郎 発 行 年: 2015年11月 |
< おとめの流儀 紹介と感想>
いつも真っ向から真剣勝負、というわけにもいかないと思います。自分の仕事への向き合い方も、まあ、どれぐらい余裕を持って取り組めるかぐらいのスタンスでいます。むしろ真剣にならずに、ほどほどで力を発揮できれば良いのではないかと。じゃあ、いつ真剣になるのか。ここ一番の勝負に自分の全力を発揮したい。そんな気持ちもありますが、いい年になると勝負自体が面倒くさくなってしまうものです。それでも、どこか真剣になれる瞬間への憧れはある。たとえ趣味でやっていることでも、お遊びではないのだと、真剣を抜く瞬間の気持ちの高鳴りに惹かれます。さて、この物語は武道に打ち込んでいく中学生たちの姿を描いています。技術面だけではなく、勝負に向かう自分の姿勢について、思い悩みながらも彼らは開眼していきます。たたかうための自分の流儀を見極めていくあたり、成長物語としての心地良さに満ちています。自分はしっかりした子だと自認している主人公の自信は、あえなく揺らいでしまい、それでも試行錯誤や周囲からの刺激を受けて立ち上がっていきます。それは王道の青春であり、真面目でウィットがあり、頑なな態度の人はいるけれど、悪意に満ちた人たちはオミットされているあたりも読んでいて安心できる本作の世界観の心地良さです。手に汗握る真剣勝負が、クライマックスを飾ります。なぎなた部と剣道部の異種競技対抗戦。逡巡していた主人公の心の焦点が結ばれ、覚悟を決めて勝負に臨むまで。その勝敗も気になるところですが、さらに物語の縦糸と横糸が組み合わさり、織りなされていく、展開の巧さも必見です。
長野県の真ん中、お城のある小さな町に暮らす山下さと子は、中学校に入学したばかりの新一年生。しっかり者を自認しているのは、シングルマザーで自分を育ててくれているお母さんが、もう一つちゃんとしていない人だからです。そんなきっちりとして真面目な、さと子が中学校で入ろうと思った部活は、なぎなた部。小学四年生からの三年間、剣道なぎなた道場に通っていた、さと子は経験者でした。早速、道場を訪ねたところ、なぎなた部は、二年生の高野朝子しか部員がおらず、存続の危機に直面していました。それでもなんとか、さと子を含めて五人の一年生が入部し、なぎなた部の活動は継続できることになります。ところが、部長でもある朝子さんは、なぎなた部が目指すのは、全国大会への出場ではなく、打倒剣道部だというのです。朝子さんの厳しい指導の下、四人の女子と男子一人の一年生たちは、なぎなたに親しんでいきます。唯一の経験者である、さと子が目を見張ったのは、なぎなた経験が一年しかないという朝子さんの強さです。小学一年生から剣道を始め、六年間、剣道に打ち込んでいた朝子さん。中学生になって剣道部に入部するものの、女子はなぎなた部に入れという、なぎなたを馬鹿にした先輩たちの態度に業をにやし、なぎなたに転向して剣道部を打ち負かすことに執念を燃やしています。朝子さんの個人的な思い入れに、さと子はついていけず、そんな迷いからか初心者の同学年の子にも試合で負け、迷走し始めます。自分はなんのために闘っているのか。さと子の心のドラマに並走して、一年生たちそれぞれが壁にぶつかりながら、なぎなたを続けていく姿が描かれていきます。さと子が、それぞれが自分のたたかいを闘っていることに気づき、余計な考えを吹っ切れるようになるまで。迷いを抜け出し、自分の流儀でたたかう道を見つけ出す。なぎなた部の仲間たち、また剣道部の男子たち、それぞれの気持ちを深く斟酌する、さと子の観察眼と成長が光ります。
なぎなた部の活動とは別のところで、さと子の心を惑わせているのが、家庭の事情です。子どもの頃に出て行ってしまったお父さんの存在。お母さんが何も教えてくれないために、余計、知りたい気持ちを募らせています。ここで頼りになるのが、いつも公園でマヨネーズをしぼったようなオブジェに座っているホームレスめいたおじさんです。不審者に近づかないようにと注意されても、さと子が小学生の頃から密かに交友を続けているおじさんは、かつてはスパイめく活動もしていたと語る謎の人物です。実に怪しい。とはいえ、実は元新聞記者であるおじさんの手腕で、お父さんの勤務先を知った、さと子は意を決して一人で東京まで会いに行こうとします。純粋にお父さんを恋うる、さと子の気持のアップダウンもまた感じ入るところです。いつも公園にいる、競馬おじさんと、子どもたちに呼ばれている不審者のようなおじさんにもまた葛藤があります。虫顧問と、さと子が心の中で呼んでいる、まるで指導する気がない、なぎなた部の顧問の先生にもまた、挫折と苦闘の歴史があったのです。そんな大人たちの事情を垣間見ながら、一筋縄ではいかない人生の複雑さを感じ取っていく、さと子。彼女の洞察は鋭く、それぞれの心の裡を斟酌していきます。そして、自分の心もまた見極めていくのです。自分の生き方の流儀を貫く、なんて中学一年生には壮大な覚悟ですが、家族問題も含めて、彼女の行く末に幸福が訪れることを願いたくなる、そんな物語です。クライマックスは文化祭で行われた、なぎなた部と剣道部の対抗戦です。脛打ちのない、なぎなた部にとっては不利なルールです。初心者も多い、なぎなた部は、どう闘ったか。試合の行方もまた実に気になるところです。そういえば、どこかの高校で、毎年、なぎなた部と剣道部の対抗戦が行われているというルポをニュースで見たことがありました。あの生徒たちの心の裡にも色々な葛藤があったのだろうなと想像してしまいました。なんだかいいなあ、と思える青春のドラマですよ。