さよならを待つふたりのために

The fault in our stars.

出 版 社: 岩波書店

著     者: ジョン・グリーン

翻 訳 者: 竹内茜  金原瑞人

発 行 年: 2013年07月

さよならを待つふたりのために  紹介と感想 >
『さよならを待つふたりのために』という邦題が見事だなと思うのは、そこに続く言葉が自ずと思い浮かんでくるからです。そんなふたりのために「何かできることはないのか」というのが、ヘイゼルとオーガスタを見守っていた読者である自分の心の中に響いた声です。無論、読者は物語について想いを馳せることしかできないわけで、登場人物たちの力になることはできません。ふたりはそれぞれ末期のがんに侵された瀕死の状態であり、医学的な救済はもはや届きそうにないステージにいます。未来に希望を抱けないまま、常に死を意識している。ヘイゼルはまだ十六歳。オーガスタだって十七歳なのです。そんな気持ちでいる子どものことを両親がどう思っているのかと考えても、いたたまれなくなります。手榴弾である自分はいつか爆発して、周囲を傷つけてしまう。ヘイゼルもまた、自分の苦しみだけでなく、苦しむ自分の存在が人に与える苦しみにも苛まれています。苦しみから解放されるのは、寛解の時か、それとも死か。苦悶から完全に救われることはないとしても、せめて心の痛みを和らげることはできないのか。画期的な特効薬が登場して、形勢が逆転するような物語ではありません。静かにあきらめるしかない。それでも、人間は尊厳と誇りをもって、自分の運命を生きていくのです。輝ける時間は、ある。それでも、まだ、ある。悲痛にも展開していく物語は、ユーモアに包まれているため、読者は読み進める勇気を与えられます。どんな窮地にあっても、軽妙なやりとりで虚勢を張る子どもたちの強靭さと、生きることへの真摯な思いに打たれます。無論、凹みます。挫けそうになります。それでも、さよならを待つふたりのために、是非、読み続けて欲しい作品です。

甲状腺のがんが肺に転移して、酸素呼吸機の補助が必要となったヘイゼル。外に出る時には小型の酸素ボンベをキャリーしなければならない毎日。普通の十六歳のような学校生活は送れない彼女の交遊の場は、十代でがんを患う子たちのサポートグループでした。互いの心情を吐露しあい、会の最後には、今はここにいないメンバーたちに祈りが捧げられる。いつかそこに自分の名前が連なる予感を抱きながら、不安を、それでもユーモアを交えて語る子どもたち。諸手を挙げてここに救いを求めているわけではない。それぐらいの温度で参加することで、程よいバランスがとられている場所。ヘイゼルがそこで出会ったのが、骨肉腫で片脚を失った少年、オーガスタです。ちょっと斜めに構えたところもあるカッコをつけたオーガスタと、ヘイゼルは親しくなっていきます。二人を最初に結びつけたのは、ヘイゼルの愛読書であった『至高の痛み』という小説。血液のがんを患う十六歳の少女アンナを主人公にした物語に、二人は共感と刺激をあたえられました。ただ、この物語は突然、途切れるような結末を迎えるため、二人はその続きを知りたいと考えます。作者のピーター・ヴァン・ホーテンは、これ一作のみを残してアメリカからオランダに渡り隠遁生活を送っていました。果たして、ヴァン・ホーテンとコンタクトをとることができた二人は、彼から招待を受け、オランダを訪ねることになりますが、物語は意外な展開を迎え、それが二人をより強く結びつけていくことになります。やがて時間の経過とともに、二人の病状は悪い方に進展していきます。結末の見えない『至高の痛み』の物語の行方のように、その先にある未来は、つぶさに語られうるものではないのか。さよならを待つふたりの物語。その終わりまで、そして、駆け抜けた後に残されたものについて、深い余韻を味わえる作品です。

「愛と死を見つめる」ことは、普通の思春期には難しいことです。むしろ、それを真剣に考えなくて良い、というのは幸運なことなのかも知れません。生きる意味を考えてしまうのは、生の終わりを意識しているからです。命の終わりまでの時間には個人差がありますが、多かれ少なかれ、などと言うのは、多い方の奢りです。それでは、普通の人よりも短い、限られた時間をどう生きるべきか。自分がいた証を残したいという気持ちが、オーガスタには強くあります。人生をただ消費するのではなく、何かを成し遂げること。しかし、彼が生きられる短い時間の中では、それを果たせない焦燥があります。ただ、その焦燥が放つ光が、照らし出したものもありました。長く生きていながら、生きる意味を見失ってしまった大人もいます。この世界を生きていくこととは、なんて人生を総括する言葉を口にしても、違和感がない十七歳もいます。それは放棄することのできない、痛ましい特権です。非常に知的な刺激に満ちた物語であり、散りばめられた文学や哲学的なフレーズにも翻弄されました。物語の中の沢山のヒントを手繰り寄せながら、ヘイゼルとオーガスタが見つけ出した答えについて、自分なりに考えています。魅力的なキャラクターたちが数多く登場し、それぞれの心の裡が、その言葉とは裏腹に見えてくるあたりにも、複雑なハーモニーを感じました。重層的で魅力的な作品です。さよならを待つふたりのために、しばらくこの余韻に浸っていたいところです。いや、自分のためですね。そんな読書の楽しみに満ちた一冊です。