月の光を飲んだ少女

The girl who drank the moon.

出 版 社: 評論社

著     者: ケリー・バーンヒル

翻 訳 者: 佐藤見果夢

発 行 年: 2019年05月

月の光を飲んだ少女  紹介と感想>

年に一度、新しく生まれた赤ん坊を魔女にいけにえとして差し出さなければならない町。それはこの保護領を平安に維持するための儀式であり決めごとでした。人々は嘆き、町は悲しみに覆いつくされていました。一方で魔女ザンは不思議に思っていました。何故、人間は毎年、同じ時期に赤ん坊を森の中に捨てるのかと。まさか魔女へのいけにえなんてことが行われているとは知らなかったのです。魔女ザンは赤ん坊を手厚く保護し、自由市に連れて行ってはしかるべき家の里子にします。星の子と呼ばれる赤ん坊たちは歓迎され、自由市で健やかに成長していきました。今年もまた赤ん坊を保護した魔女ザンは、大きなミスを犯します。月の光を赤ん坊にうっかり飲ませてしまったのです。このままでは、この子は魔法の力を身につけてしまう。魔女ザンは仕方なく、この女の子にルナと名付け自分の子どもとして育てることにしました。500歳の魔女が始めた子育ては、創造主でもある沼坊主グラークとドラゴンの末裔のフィリアンを巻き込み、そんなおかしな家族に愛されながらルナは成長していきます。2016年のニューベリー賞受賞作。既存の魔女物語を覆す奇想のファンタジーであり、なによりも力強い愛情に満ちた心を射抜かれる傑作です。

いつも悲しみに覆いつくされている保護領。ここで権威があるのは長老と呼ばれる富裕層の会議体と、知識を囲い込んでいる星の修道会の塔でした。星の修道会で給仕として働いた後、親戚筋の長老ゲルランドの見習いとなったアンテインは、このいけにえの風習に疑問を抱いていました。この「町を維持するために必要な儀式」に参加しようとしないアンテインは、その立場を追われますが、本来、なりたかった職工になって成功を収めます。しかし、結婚して自分の子どもがいけにえに選ばれる巡り合わせとなったことに及び、ひとつの決意をします。かつて、森で魔女が鳥となって赤ん坊を連れ去る姿を目撃していたアンテインは、先んじて魔女を殺すことで、この風習を終わらせようと考えたのです。ただこの風習がフェイクであり、自分の行動が支配体制を覆すことだとはアンテインは知らず、身の危険を招いていくことになります。魔女ザンとルナの物語に並走するアンテインの物語はやがてひとつの流れとなっていきます。この構成の見事さには思わず唸らされるはずです。

キャラクターたちに深い味わいがあります。物語は『十三番目の子』のような世界観をイボットソン方向に改変したようなというか、いやいやオリジナリティ溢れる物語であり、登場人物もまた同様にユニークなのです。とくに彼らが非常に愛情深いところが魅力的です。悪役であるところの長老ゲルグランドでさえ、甥のアンテインを憎からず思っているし、他の長老たちもそう悪い人じゃないんですね。魔女ザンにいたっては、長年にわたって、人の病気や心の悲しみを癒やしてきたし、捨てられた赤ん坊を見過ごすことができない慈悲深い人です。ルナに対する「家族」の想い。魔女ザンの心の暖かさ。娘を奪われた母親の狂おしいまでの愛情。そして、アンテインが家族を守るために奮った勇気。そんな愛情や慈しみに満ちた物語空間と、この世界を支配し、コントロールしようとしている「構造」との最終対決にはワクワクさせられます。物語の帰結もまたちょっとユニークで、旧来の「魔女物語」やお伽話系のファンタジーが解体され、再構築されたところにある物語だといえます。同じニューベリー賞受賞作で言えば『さよなら、「いい子」の魔法』であるとか、ニューベリー賞受賞作家シャノン・ヘイルの『ふたりのプリンセス』がお好きな方には是非、お勧めしたい作品です。