出 版 社: 評論社 著 者: ミルドレッド・D・テーラー 翻 訳 者: 小野和子 発 行 年: 1981年11月 |
< とどろく雷よ、私の叫びをきけ 紹介と感想>
1933年。アメリカ南部のミシシッピー州。ここに暮らす黒人のローガン一家の日々が、主人公である長女、キャシィの目を通して語られていきます。南北戦争が終結して、半世紀以上が経過したとはいえ、奴隷身分から解放された黒人たちが自立した生活を営めていたかというとそうではありません。多くは貧しく、白人から差別を受け、屈辱的な生活を余儀なくされていました。ローガン一家はそうした中でも、自分たちの土地を所有していることを家族の誇りとして、勤勉に働いていました。ただ、土地の購入代金の借金と税金を支払うために、綿花栽培の傍ら、一家の大黒柱であるキャシィのパパも鉄道工事の出稼ぎに出ざるをえず、ママも教師として忙しく働かなければならなかったのです。そんな家族との暮らしの中で、キャシィが目にするのは、自分たち黒人が虐げられる社会の不公平と不合理でした。たとえば白人の子どもたちが通う学校には二台もスクールバスがあるのに、黒人の子どもたちの学校には一台もバスがありません。長い距離を歩いて学校に通うキャシィたちに、バスの運転手はわざとドロをはねかけていきます。白人に抗議したらどんな目にあわされるかわからない。黒人の意見が受け入れられることなどないのです。教育委員会が、黒人の子どもたちに支給する教科書は、すでに白人が使い古したもので、「二グロ(黒人の蔑称)」用であると記載され、子どもたちを深く傷つけます。こうしたことがまかり通る社会の中でも毅然と生きようとする両親を、キャシィは頼もしく見つめています。差別に屈せず、自分たちの誇りを失わず、人間らしく生きようとする彼らの姿を、拳を握りしめて応援したくなる物語です。
不穏な動き。この地域では生意気な黒人に私的制裁を加えることが公然と行われていました。ナイト・メンと呼ばれる彼らは、覆面を被り黒人を襲撃し、家に火をかけ、殺害することも厭いません。そして証拠もないために罪に問われることもないのです。しかし、その正体を黒人たちは知っています。彼らが、地域で商店を営むワレス一家であることは明白なのです。人々はどんなにこの白人家族を嫌っていても、この商店で買い物をせざるをえません。貧しい黒人たちはツケ(クレジット)でしか物が購入できないのです。そのためには、ワレス一家とつかず離れずでいるしかない。高い金利をふっかけて経済的にも黒人を苦しめるワレス一家。しかし、ワレスの店で買い物をしない不買運動もまた、その非道な行為への抗議として行われようとしていました。その先鋒に立っていたローガン一家は、白人に刃向かう不平分子だと見なされて、多くの嫌がらせを受けるようになります。一家の誇りである土地を狙われ、金策に苦しめられ、窮地に立たされます。それでも不屈の意思で、その困難を一家は乗り越えていくのです。一方で、キャシィの兄の友人であったティー・ジェーのように、身を持ち崩し、悪い白人たちにとりいったものの裏切られ、罪を着せられた黒人の少年もいます。弱い立場の人々が毅然とした意志をもって生きることは困難を伴います。不合理な力に抗えない怒りと悲しみを感じる物語です。このタイトルのように、みなぎる熱い感情に、是非、焦がされる読書時間を経験して欲しいと思います。
この物語と同時代で、同じく南部を舞台にした作品に、世界的な名著である『アラバマ物語』があります。あらぬ罪を着せられた黒人青年のために法廷で闘う白人弁護士を、娘の視線で描いた物語は、多くの影響を後の物語に与えました(現代の児童文学の中でも、引用されることが非常に多い作品です)。本書にもジャミソンさんという白人の法律家が登場し、ローガン一家や地域の人たちのために手を尽くしてくれます。こうした公正で差別のない白人もいて、世の中が悪意に満ちたものだけではないことを感じ取らせてくれることは救いです。非道な白人たちが数多く描かれてはいますが、そんな彼らの心の隙間もまた考えさせられるところです。彼らは黒人を排斥したいのではなく、都合良く搾取したいだけなのです。差別する対象として、その存在を必要としているのです。誰かを馬鹿にすることで、自分の自尊心を保っていられる。自分たちに恐れおののく人間が必要であるが故にあえて人を苦しめているのです。その満たされない心の渇望には震撼してしまいます。もしかしたら、悪意や罪の意識はないのかも知れない。そこに差別の根幹があるような気もします。だから敢えて自分たちの罪を意識させなければならないし、沈黙していたのでは、傷つけられる側の気持ちが届かないのです。長い歴史を持つ公民権運動や、現代のアメリカで行われている抗議活動は、根源にこうした意識の壁があるのではないかと思います。その壁を壊すために、叫び声をあげなければならない。今も続く差別との闘いの根幹を、是非、物語から感じとってもらいたいと思います。1977年のニュ-ベリー賞受賞作です。