ローズの小さな図書館

Part of me.

出 版 社: 徳間書店

著     者: キンバリー・ウィリス・ホルト

翻 訳 者: 谷口由美子

発 行 年: 2013年07月


ローズの小さな図書館  紹介と感想 >
ふりだしに戻る、か。この物語を読み終えて、思わず呟いたのはそんな言葉です。そして、最初のページに戻って、再び読み始める。この時、はじめに読んだ際には、気に留めていなかった家系図が巻頭にあったことに気づきます。ローズの祖父、イヴァンジリンから始まって、ローズのひ孫のカイルまでの六代。ローズはその中心にいます。これはローズを支点として、彼女に関わる人たちの物語です。物語の終わりに、ローズは自分の一族を思って、みんなが自分の人生の一部であり、自分もまたみんなの人生の一部であると感慨を抱きます。命の連環のサークルの中に自分が存在する、なんて意識しないのが日常です。ただ、その視点で物語を再び読み返すと、たわいない日常の営みもまた違った味わいで感じることができるのです。この物語には七十年近い歳月が凝縮されています。本や音楽、ラジオやテレビ番組など実際の固有名詞が多く登場し、その時代を感じとらせてくれます。『ハリーポッター』シリーズが刊行された頃のことはリアルタイムで覚えていても、パール・バックの『大地』がベストセラーだった頃のことは知るよしもない。ましてや、1939年にテキサス州のアマリロからニュージーランド州のホウマにやってきた十四歳の女の子が、どんな気持ちで『大地』を読んでいたかなんて、想像もできません。子どもたちは、その時代を、何を思い生きたか。ここには大きな歴史のうねりや、運命の天変もなく、激動があったわけでもない庶民の生活が淡々と描き出されていきます。そして、歳月が人生に何をもたらすかについて、各章単独では収支がでないまま、最終章で決算されて驚くのです。不思議な感慨を得られるユニークな構成の一冊です。

物語は1939年に始まります。父親が家を出て行ってしまったため、母親に連れられ、弟妹ともに、テキサス州から祖父の住むニュージーランド州の漁村に越してきたローズ。祖父と仲がよいわけでもなく、いち早くここから独立したいと考えた母親は、ローズにも働かせようとします。ちょうど、移動図書館の運転手という仕事がある。とはいえ、運転免許もない十四歳のローズがその仕事を得るには、多少のごまかしも必要となります。でも、緩やかな田舎の村では、そのあたり鷹揚にクリアできてしまって、無事、移動図書館の仕事に就いたローズは、司書と二人で車に本を乗せて巡回をはじめます。実は本好きで、将来は自分で小説を書きたいと思っていたローズは、村の人たちに自分で選んだ本を薦めてみるのですが、なかなか良い反応を得られません。やがて、本を借りにくる人の中に気になる男性があらわれて、ちょっと揺れる気持ちを抱いたり、祖父と母の関係に気を揉んでみたりと、ささやかに心は揺れるものの、いたって事件の起きない日常が描かれていきます。で、この話、いきなり十七年後に飛んで、ローズの息子のマール・ヘンリーが主人公となり、またその十五年後に飛んで、マール・ヘンリーの娘のアナベスが主人公となりと世代が交代し、ローズも母として、祖母として登場します。そして、ローズのひ孫のカイルを経て、再び、物語の主人公のバトンは2004年のローズに戻ってきます。長い年月の間には、家族が亡くなることなど、辛い出来事もあります。ただ、幸福も不幸も呑み込んで、流れていく歳月自体が主人公であるような、そんな拡がりを見せてくれる作品です。

カーソン・マッカラーズの『心は孤独な狩人』を読んでいたのはアナベス。その本がある出会いのきっかけにもなります。いつも子どもたちのそばには本と図書館があって、登場する作品のタイトルに、おっと思わされます。どんな本を好きかということで、登場人物に共感を抱いたりするものです。好きな本の話は、自己紹介にもなりますが、僕はこの本の著者のキンバリー・ウィリス・ホルトの『ザッカリー・ビーヴァー町にきた日』がすごく好きで、これまでに読んできた翻訳YAの三指に入る作品ではないかと思っています。時代を活き活きと感じさせる風俗描写と、思春期の子どもたちの繊細なメンタルや、大人との関係性などの表現が素晴らしく、それはこの作品にも通底するものです。なので、この作品、それぞれの時代のエピソードをもっと長く読んでいたいと思うのです。各時代共に、ちょっと覚えのあるような思春期的エピソードが散りばめられていて、心惹かれます。そして、読者としてアタフタするのは、ポンと次の時代に飛んでしまって、主人公たちがささやかに心を痛めたであろうことも、すっかり過去の寸景の一部になってしまっていくことです。歳月は色々な痛みを吸収してくれるかなと思ったり、ローズは、あの十四歳の日々をどう思い出すのだろうと思ったり。で、振り出しに戻って、考える。それもまた楽しい読書なので、是非。