べんり屋、寺岡の夏。

出 版 社: 文研出版 

著     者: 中山聖子

発 行 年: 2013年06月

べんり屋、寺岡の夏。 紹介と感想>

将来の自分、をテーマにした学校の作文に「まっとうに生きる」という題で「地道にコツコツ」と働いていきたいと書いた小学五年生の美舟。先生からはふざけているのではないかと疑われ、真意を問いただされたものの、それは美舟が心底思っていたことでした。それを先生には「夢がない」と言われてしまうとは。どうにも美舟には納得がいきません。売れない画家のお父さんのせいで家計が苦しく、お母さんが便利屋をやって家を支えている美舟の家庭。その苦労を理解してのことなのに、お母さんからも作文のことでは、冷めているとか子どもらしくないとか言われてしまいます。さて、現実を見据えている少女、美舟は家業の便利屋「寺岡」を手伝うことで、ちょっとした事件に遭遇していきます。些細な雑用だけでなく、誰かの願いを叶えることだったり、困った人を助けることだったり、この夏の便利屋稼業は色々なことを美舟に体験させていきます。クールな美舟はクールなままに考え、人の様々な思いを感じとっていく。彼女の視座が見据える誰かの破れた夢にも味わいはあって、小学五年生の達観しつつも迷える姿には惹かれてしまうのです。そんなべんり屋、寺岡の夏。シリーズ第一巻目です。広島の尾道というロケーションもまた良いですね。

美舟の小学生目線から彼女なりに見えている世界と、大人の思惑には多少のズレがあります。そのギャップに美舟が気づき、人の心の深さだったり、人が抱く夢や愛情について感じとっていく物語です。クールな彼女のスタンスはあまり変わらないまま、どう考えるべきか戸惑って、正解なんてない世の中を知るのです。お父さんが医者の家に生まれたのに画業を目指したことを、お祖父さんはどう考えていたのか。お祖父さん亡き後のお父さんの実家に、都会での自分の仕事を投げ打ってでもお母さんが引っ越そうと考えたのは何故だったのか。そんな家族の気持ちに思いを馳せて、美舟は考えていきます。べんり屋で働いている青年、カズ君の心境の変化など、人それぞれに心の事情はあって、それを眺めている美舟が驚かされることもあります。とりたてて大きな事件は起こらないけれど、大人の気持ちに気づいたり、まだそれがよく分からないと思ったり、そんな小学五年生という大人になりはじめた時期の心境がユーモラスに描かれている好編です。

夢が叶わなくても「思いがけない幸せもある」と大人ならしみじみ思うことだと思います。美舟はお母さんからそう言われるものの、まだ腑に落ちません。思い描いていた将来がやってこないことなんてあたり前だし、それでも、幸せだと思えることもあるというのは真理です。だからこそ逆説的に大きい夢を見ようといえないこともないか。大人のスタンスは多角的ですが、子どもとしては一直線に考えてしまいがちです。この物語は将来の夢や仕事に対して、色々と異なった視点で考えさせられるところがあります。文科省によってキャリア教育が振興されている昨今です。学校図書館向けの職業ガイド本では、非常に多岐に渡った職業を紹介したものもあり、子どもたちが将来のビジョンを抱く手助けをしています。将来の職業を子どものうちから積極的に考えさせられる時代なのですよね。ところで自分は社会人生活の中で十年ぐらいネットビジネスに関わったのですが、これは、自分が学生の頃にはまだ存在してしない仕事でした。案外十年後ぐらいにはまだ存在しない職業があるかもしれないので、子どもたちにはもっと自由に考えてもいいのではと思っています。ネットビジネスもまあ実に地道でコツコツとやる仕事でした。人気のパティシエもスポーツ選手もユーチューバーも実は地道にコツコツなんじゃないかと想像しています。