コロッケ町のぼく

出 版 社: あかね書房

著     者: 筒井敬介

発 行 年: 1972年

コロッケ町のぼく 紹介と感想>

安心食堂の一人息子、いっちゃん。食堂の息子だからか味にはうるさい少年です。好きなものは、さいたま屋のコロッケ。他の店が30円のところ25円と安いのに、色の良さといい、塩加減の絶妙さといい、何より肉良さが、さいたま屋のコロッケを際立たせていると語ります。食べ方にだって、いっちゃんはこだわりがあります。買いたてのコロッケを、指でつまんで、かりっ、かりっと歯でちぎって歩きながら食べる。ソースはつけないからこそ塩味が大切なのです。そんなコロッケを一緒に食べることは、いっちゃんにとって特別な行為でした。放水路の堤防で、友だちの女の子である、かなちゃんと二人、さいたま屋のコロッケをかじる。コロッケ友だちとなった、二人の結びつきがやがて危機を迎えていく物語の展開に注目です。この町では、両親とも外で働いている家が多いので、晩のおかずは外で買ってくる方がスタンダード。コロッケやメンチカツはもちろん、ウズラタマゴフライやハンペンフライまで、揚げものを売っている肉屋さんが多いのです。そんな「コロッケ町」に暮らすいっちゃんの、コロッケを食べる幸福感がみなぎっている作品です。井上洋介さんの挿し絵もまた良い感じ。

さて、二人がコロッケを食べた堤防がポイントです。いっちゃんはひそかに堤防が決壊することを期待しています。学校で読んだ「強い愛のお話、二年生用」という本に載っていた「オランダをまもった、小さなうで」という物語に、いっちゃんは影響を受けていました。堤防の上を歩いていて水門の異常に気づいたオランダの少年、ハンス。堤防が崩れる危機を察知したハンスは水門に空いてしまった穴に上着を詰めて決壊を食い止めようとします。ハンスのかっこよさにぐっときてしまった、いっちゃんとしては、自分も堤防の決壊を食い止めたいと思いたったのです。とはいえ、頑強な堤防は地震でもこないかぎりは崩れそうにありません。ところがある晩、ポンプ場がこわれて水があふれ出すという事件が起きます。いっちゃんは、同じ本を読んでいた、かなちゃんと、もし今後、あやしい水に気づいたら、だれよりも先に知らせあい二人で力を合わせて、水をふせぐことを誓いあいます。しかし、コロッケ友だちから親友になったと思った矢先、かなちゃんは黙ったまま転校してしまい、いっちゃんはショックを受けます。一体、どんな事情があったのでしょうか。

三年生の新学期になって、いっちゃんのクラスには新しく、若くてコロコロとした飯田先生赴任してきます。太った女の人が好きじゃない、いっちゃんとしては先生に反感を抱きます。かなちゃんは、お母さんの意向で「いい学校」に転校することになったのだと、いっちゃんは知り、我慢がならないところでしたが、かなちゃんのお母さんが飯田先生の悪口を言いふらしていると聞くに及んで、かなちゃんを恨む、いっちゃんの気持ちにも変化が起きます。そして、かなちゃんも遊びに来た校庭開放の日に、突然に町を地震が襲います。この危機に、いっちゃんは飯田先生とかなちゃんと協力して土嚢を作り、災害に備えたのです。窮地を一緒に乗り越えたことで、いっちゃんは飯田先生を多少、見直すことになります。ただし、「飯田先生がコロッケを食べておいしいと言ったら認めてやろう」なんて、どこまでもコロッケ至上主義のいっちゃんなのでした。ちなみに、さいたま屋は地震からの火事で半焼しました。飯田先生とコロッケを一緒に食べる日は、少し先になりそうです。栄養バランスがどうかとか、食べ物の好き嫌いはやめましょう、というような教育的指導は一切なく、ただただ好きにこだわって、コロッケの魅力を語り続ける潔い物語です。東京の下町など、煮物屋さんや、揚げ物屋さんで、晩ごはんのオカズを買ってくることがスタンダードな地域もあります。食事の正しい在り方なんてものはないし、好きという気持ちがただただ溢れ出る、そんな子どもの本も良いよなあと思うのです。