ブレーメン通りのふたご

出 版 社: フレーベル館

著     者: 蓼内明子

発 行 年: 2022年02月

ブレーメン通りのふたご  紹介と感想>

八束澄子さんの書かれる児童文学作品には、少し歳の離れた兄弟姉妹がよく登場します。家族に起きた事件を、兄や姉と弟や妹は、それぞれの視座から捉えていく。そこには年齢差が大きく作用します。その多層的な視点があることで、物語が見せてくれる世界も輻輳し、深まっていきます。年齢を重ねている方が深く物を感じ入られるものかも知れませんが、幼いなりの感受性もまた鋭いものがあります。同じ出来事に対して、それぞれの心の動かし方は違うものです。僕は小学四年生の時に母親を亡くしています。その時、中学一年生だった兄とは受け止め方が違っていると思っています。母親の存在を多少、客観的に見られるようになっていた年代の兄と、まだ甘えたい気持ちが残っていた自分とでは、愛着の形も違っていたし、その離別の悲しみも、違うものではなかったかと思うのです。たった三歳の差でも大きいものですから、歳の差があるほど、感じ方は違うものになると思います。では、双子ならどうか。年齢のギャップがない双子は、家族にふりかかる事件を、どう受け止めるものなのか。双子とはいえ、同じ人間ではなく、それぞれが培ってきた心の歴史があるはずです。双子が主人公となる物語は、似ていることを描くのではなく、似通った外見とは異なる二人の感性の違いを浮き彫りにしていくことが常套です。ひとつの出来事に際して、二人の心はどう震えていたのか。本書は、小学五年生の双子の女の子たちを主人公として展開します。どこか勿体をつけたような進行が、秘密めいた雰囲気を物語にまとわせています。やがて二人に関するとても大切なことが、物語の中で明らかにされていきます。それは同じ町の人たちには公然の秘密だったことであり、知らなかったのは、もう一組の「双子」たちと、読者だけです。優れた構成によって感じとらされる、双子たちそれぞれの心の裡。ベーシックなテーマを、綿密な構成でじっくりと読ませてくれる素敵な物語です。

ブレーメン通りにある、おしるこやあんみつが人気の甘味処『さるも木からすべる』(以下『さるも木』)には、店主の園子さんの孫娘である、双子のマキ(槇)とカツラ(桂)がよく出入りしています。二卵性双生児のため、瓜二つではないものの、二人はよく似ています。性格やそれぞれが得意なことには違いがありますが、それでも、目と目を合わせれば互いに通じ合える以心伝心は双子ならではです。ある日、近所に引っ越してきて『さるも木』のリピーターになったという、二人のおばあさんと、マキとカツラは顔を合わせます。まりあ、と、えりあと名乗る二人は、カツラとマキに自分たちも二卵性の双子なのだと自己紹介します。さて、カツラとマキを気に入ったらしい、おばあさんたちは、学校帰りの二人に声をかけ、自分たちが住むアパートへと誘います。どこかいぶかしく思いながらも、アパートを訪ねた二人は、その部屋の狭さに驚きながら、親しく話をすることになります。カツラがあまり乗り気ではなかったのにマキがアパートを訪ねたいと考えたのは何故か。おばあさんたちは、本当は双子ではないのではないかという疑いを抱いているカツラと、マキはマキでおばあさんたちの部屋に気になったことがあり、また訪問してみたいと思うのです。おばあさんたちもまた、マキとカツラがどこか訳ありなことを感じています。回想の中で語られていく過去の時間と現在が繋がるには、双子たちの今をもたらした事件が語られなければなりません。十一歳の二人と七十五歳の二人。それぞれが心に負ったものがやがて明らかになっていく展開に震撼するのは、ずっと感じていた嫌な予感が、はっきりと姿を現してくるからです。読者もまた、それを受け止める覚悟が必要とされます。

まりあ、と、えりあと名乗る二人のおばあさん。二卵性の双子だと言っていますが、出身地が違っていることを迂闊に口に出しても気づかなかったりと、かなりガードが緩いのです。たまたま誕生日が同じだったことから、双子だということにしようと考えた二人には他意はないようですが、どこか怪しさがつきまといます。この二人の造形は、国内児童文学の中の老齢者としては、あまり見かけないタイプかと思います。ボーイミーツオールドボーイの物語は、頑固だったり賢明だったりする老人と少年を出会わせます。女の子に示唆を与える、おばあさんたちも、人生を見通したような達観から言葉をかける賢明な人が多いと思いますが、本書におばあさんたちの、どこかいかがわしさのある等身大加減が絶妙なところです。古くて狭いアパートに年金を頼りに二人で暮らしている、おばあさんたち。いや、本人たちは老人だなんて気はなくて、どこかマキとカツラに同次元でライバル心を燃やしているようにも思えるのです。偽物の双子による真の双子への嫉妬という大人気なさ。とはいえ、年輪を重ねただけ、多くの悲しみを抱えていることもまた事実です。マキとカツラが、おばあさんたちに共鳴することができるのは、自分たちもずっと心の中に閉じ込めているものがあるからです。お父さんやお母さんとの大切な時間を、双子はそれぞれ自分のうちに繫ぎとめています。一人では見きれないこの世界を、二人は半分にして記憶しています。うっかりすると大切な記憶もまた失われていくものですが、それぞれの視点がとらえていた記憶の世界は重なり、その時には見えなかった景色を描き出します。同じ時間を同い年で生きている双子たちの心のスパークが鮮やかな物語です。取り返しのつかないものを取り返そうとする子どもは労しいものですが、大人だってまた労しく、人生の儚さと、だからこそ慈しむべきものが見えてきます。そんな気持ちを抱かせてもらえる読書時間を約束できます。