出 版 社: ポプラ社 著 者: 小浜ユリ 発 行 年: 2009年12月 |
< 時間割のむこうがわ 紹介と感想>
小学生の秘密。この物語には、人に言えない、言ってもわかってもらえないような不思議な秘密を抱えた小学生たちが登場します。実は、ネコと会話ができるとか、宇宙人の友だちがいるとか、夢で見たことが本当になるとか、幽霊が見えるとか。ただ、これは荒唐無稽なファンタジーではなく、あの現実と幻想の混沌にあった小学生時代の心の中だけの真実だったのかも知れない、というあたりがミソなのです。つまり、そうした不思議な現象が見えてしまうような「心の事情」が、それぞれにあるということです。飼い犬を亡くしたばかりの少年が親しくなった「宇宙人」は、大人の目からは、古い集合住宅に一人で住んでいる得体の知れない近所の年齢不詳の「変な人」で、放火騒ぎが起きればまっさきに疑われてしまうような人物だったりします。自分の関西弁をからかわれることを気にして学校で一言も口をきかない女の子が、関西弁をしゃべるネコと会話ができるようになったのも、日々のストレスからくる幻聴だったのかも知れません。でも、子どもたちにとって、その不思議は「真実」なのかも知れません。子どもたちには、やがてその不思議な秘密とお別れする時がきます。現実の世界との折り合いがついた瞬間に魔法は解けてしまう。意外にも複雑で多難なのが小学生ライフです。そんな大変なリアルの日々と不思議なできごとが化学反応して、織りなされる小学生たちの心模様が良いのです。なにはともあれ、面白く楽しい作品。第二回ズッコケ文学賞受賞作です。
夏美が仲間はずれにされるようになったのは、ちょっとしたキッカケからでした。これまで仲間はずれにされていた小池さんをかばったことで、今度は、自分にその番が回ってきたみたいなのです。以前は仲よしグループだった麻里からの陰湿な嫌がらせを受け続ける夏美でしたが、ある時、麻里に復讐する夢を見るのです。不思議なことにその夢は現実になります。自分が手をくださないままに、次々に、夢で見た不幸なできごとが麻里に襲いかかります。一方で、麻里はこちらの靴を隠す程度のことしかできない。夏美は大いに溜飲を下げますが、ついに、自分が麻里の背中を彫刻刀で突き刺してしまう夢を見てしまいます。本当に自分はそんなことをやってしまうのか。そこまでエスカレートしてもいいのか。もとはいえば、麻里とはあんなに仲よしだったはずなのに・・・。夢なのか、現実なのかわからないまま、不思議なできごとに翻弄される小学生たち五人の物語。誰にも言わず秘密にしているけれど、そんな不思議が、リアルの中の自分の背中を押してくれることもあります。同じ教室にいる五人が、それぞれの不思議な物語の主役となる連作短編集です。
短編五編。どれも良くできた作品です。ぐいぐいと引き込まれてしまう。一体、この後、どうなってしまうんだろうという気持ちに惹かれてページをめくらされます。また、それぞれの物語の連関も面白いんですね。同じ教室の同級生が、よもやそんな秘密を抱いているなんて、誰も気づいていない。たまたま五人にスポットがあたっている物語ですが、もしかすると、教室にいる他の子どもたちも、いや、そもそも小学生というものは全員、そんな秘密を抱えているのかも知れない。子どもにとっては「秘密の隠れ家」が、大人にとってはただのゴミ置き場にすぎないように、あの時代の瞳に見えるもの、感じとれるものは、すべて不思議のフィルターがかかっているのかも知れない。子ども時代の想像力は、暗闇にオバケを見てしまうような抜群の不安定感があって、なんとも大変で、それでいて懐かしさもあります。いつか、あれはただの思いすごしだったんだな、なんて思ってしまう日がくるとしても、あの時の心の中では真実であって、不思議を信じられる貴重な時間だったと思うのです。本作は、軽妙で、沢山、楽しませてくれながら、そんなことも感じとらせてくれる、まさに子どもから大人までワクワクして読めるような読み物となっています。杉田比呂美さんのイラストもすごく良くって、実に楽しい一冊なのです。