ガンプ

魔法の島への扉
The secret of Platform 13.

出 版 社: 偕成社

著     者: エヴァ・イボットソン

翻 訳 者: 三辺律子

発 行 年: 2004年11月


ガンプ  紹介と感想 >
この作品の登場人物たちには不思議と何度も会いたくなって、繰り返し読んでいます。ファンタジー世界の住人たちではあるので、そもそもが特殊な人たちなんだけれど、ユーモラスなのに、どこかしら屈託を抱えていたりするあたり、妙に人間臭い魅力に惹きつけられてしまうのです。たとえば、ガーキンルードは、成長をつかさどる女神のなかまで農耕の妖精のひとりなんだけれど、ロンドンの女学校で体育教師をやっていたお母さんに育てられたものだから、植物を「正々堂々とがんばりなさい!」などと励ましたりする。本当はピラピラした服を着て踊るような、少しはしたないダンスも好きだったりするんだけれど、質実剛健なお母さんの手前、それを言えなかったりする。何故、妖精のお母さんが体育教師なのか、このあたり説明はないんだけれど、ところどころハズしている登場人物たちのキャラクター設定もとても面白く、センスが良くて、洒脱で、文章を読み進めるだけで快感があるのです。「恋に夢中になった枕のように」なんて聞いたこともないような修辞も秀逸。文章と物語に込められた愛情が見え隠れする。悲哀を含んだ泣き笑いのようなユーモアとペーソス。古き良き1940、50年代のアメリカ映画のような感覚があります。この愛おしさにあふれた慕わしい物語で、是非、心を潤してもらえたらなと思います。

魔法の島と、現実世界をつなぐ扉。それが「ガンプ」。9年間に一度、9日間だけ開き、その期間だけ、二つの世界を往来できる秘密の出入り口となります。イギリスでは、テームズ川からあまりはなれていないキングスクロスの丘にあったけれど、今ではそこは、キングスクロス駅の十三番ホームの下になっていて、入口は紳士用お手洗いの壁の後ろです。たまたま開いていた魔法の扉から、魔法の島にわたって、そのままその世界の住人になってしまった人間も多いといいます。今から9年前にガンプが開いていた時、乳母たちのうっかりしたミスから、魔法の島の王子さまは、ロンドンで誘拐され、行方不明になってしまいました。それから9年、悲しみに沈んでいた魔法の島は、再度、ガンプが開く9日間に王子様を救出すべく、救援隊を派遣することになりました。選ばれたのは、元大学教授で年老いた魔法使いコルネリウス、変わり者の妖精のガーキンルード、純真で優しいひとつ目の巨人(オグル)のハンス。そこに、人間に悪夢を見させる異様な姿をした恐ろしい魔女のハグ、なんだけれど、ちっともハグらしくない普通の女の子の外見をしたオッジ。オッジは自分が身の毛もよだつような姿をしていないために、両親をがっかりさせていることを知っています。でも、持ち前の前向きさで、今回の王子様救出隊に立候補したのです。オッジには王子様を喜ばせる秘策があったのだから。果たして、この救出隊は9日間で、王子様を救出して、無事、この魔法の島に戻ってこられるのでしょうか。守るべき約束は「魔法を使わない」こと。この奇妙な一行のロンドンでの大活躍は、さて、どんな騒動を巻き起こすのでしょうか。

この魔法の島の救出隊の一行四人は、人間社会で、散々、心を折られるような目に遭います。この四人、普通の人間ではありませんが、かなり繊細です。めぐりあわせの不運を嘆いたり、自分たちの無力さに凹んだり、それでも起死回生を期して挑んでいくのです。わがままで狡滑な人間たちを相手に、なんとかうまくやり遂げようとするのですが、なかなかうまくいかない。何分、魔法の島の住人たちの方が純粋なものですから、せちがらい人間社会では傷ついてしまいがちなんですね。こうしたキャラクターたちを見ていると、今更ながら、ファンタジーの魅力について、思いをめぐらせてしまいます。おそらくは、不思議な「魔法」が描かれることよりも、浮世離れした心意気(メンタリティ)を持った登場人物たちの活躍できる場所であることが重要なのではないのかと思うのです。健気だったり、いじらしかったり、いたわしかったり、なんとも心を惹き寄せられる登場人物たちのハートが魅力のファンタジー。特にラストシーンのオッジの場面はたまりません。彼らに何度も会いたくなってしまうのは、そんな理由かも知れません。

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