負けないパティシエガール

Close to famous.

出 版 社: 小学館

著      者: ジョーン・バウアー

翻 訳 者: 灰島かり

発 行 年: 2013年06月


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エルビス・プレスリーのものまね芸人から逃れるため、メンフィスから車を走らせるママと娘のフォスター。そんな意表をつく始まり方をする物語です。ものまね芸人のハックはママの恋人でしたが、問題のある人物でした。車のクラクションが「監獄ロック」のメロディだなんて趣味が悪いだけならまだしも、ママの目の上に青あざを作ったりするのはいただけません。逃げ出した二人が偶然にたどりついたのは、刑務所のある町、カルペパー。停車したままのキャンピングカー≪銀の弾丸号≫を借りて、二人はこの町で暮らしはじめます。メンフィスではバックコーラス歌手だったママも、ここで工具店の店員の仕事を見つけました。12歳のフォスターも、夏休みが終われば、学校に通うことになるのですが、ちょっとした問題を抱えていたため、気が進みません。彼女にはディスレクシア(識字障がい)があるのです。アルファベットを意味のある文章として認識できない、欧米の子にはわりと良くある発達障がいです。フォスターは読むことも、書くこともできません。抜群の記憶力で学校生活を乗り切ってきましたが、成績はいつもビリグループだし、「知性に欠ける生徒」と成績表に書かれて、深く傷ついたこともあります。それでも、フォスターには誰にも負けない得意なことがありました。それは、食べた人を幸せな気分にしてしまう美味しいカップケーキを作れること。フォスターは料理とお菓子づくりが得意なのです。学校ではいいところが全然ない落ちこぼれでも、お菓子づくりで、この世界に立ち向かうことができる。そう自分を励ましながら、強く生きようとしているフォスター。彼女はこの町で、色々な人たちと触れ合い、成長していきます。

フォスターは、ここで知り合った映画監督を目指す少年メニコムに頼まれて、カルペパーで隠遁生活を送っている元ハリウッドのスター女優、チャリーナ・ヘンドレーの家の手伝いをすることになります。チャリーナはフォスターが隠そうとしていたディスレクシアを見抜きます。同じ障がいから立ち直った経験を持つチャリーナは、フォスターに文字の読み方を教えようとするのですが、フォスターの気持ちは乱れます。これまで何度かトライしながら挫折した経験は、彼女を十分すぎるほどに凹ませていました。努力しているのに「どうして努力をしないのか」と怒られ続けてきた学校生活で、文字を読めるようになりたいというフォスターの心は折れていたのです。それでも、文字が読めたら、とフォスターは思っています。彼女はテレビの料理ショーで有名なソニー・クロークの大ファンです。元海軍兵のソニーが、軍隊調で紹介するお菓子のレシピは、フォスターに多くのインスピレーションを与えてくれました。そんな彼のレシピ本を手にすることができたのに、自分には読むことができないのです。フォスターがソニーに惹かれるのは、イラン戦争で亡くなったパパも軍人だったからかもしれません。フォスターを深く愛してくれていたパパ。その愛された記憶は、今もフォスターを強く励まし続けます。落ち込んでしまうこともあるけれど、自分の心を養い、自分を信じて、胸を張って進んでいこうとする。フォスターの背筋を伸ばした姿が清々しい物語です。

ジョーン・バウアーの邦訳作品、第三弾。これまでと同じパターンですが、コンプレックスを抱えた女の子が、自分の仕事で人を喜ばせることで、誇りを培い、困難を乗り越えていく心地よい物語です。主人公の年齢が低いため、その自信はゆらぎがちですし、落ち込み方も大きい気がします。しかもディスレクシアは普通の日常生活を送ることも難しい。これを弾ね飛ばすとなると、よほどの強い意志が必要となります。それでも、ジョーン・バウアーの小説世界では、一人ではくじけそうになるところを、周囲の大人たちが、気の利いた言葉で、さりげなく励ましてくれるところが良いんですよね。魅力的な大人が沢山登場して、物語の脇を固めています。大人たちだって、色々と傷つくことがあったはずです。穏やかな表情の裏には苦闘の歴史が刻まれています。だからこそ、彼らの子どもに向けるまなざしは温かい。学校の成績なんてどうだっていいから、できることで自分の自信を育てて、自尊心を持って生きていこう。そうした励ましがここにはあります。学校の勉強ができない、ということだけで自分に悲観する必要はない。自分を活かせる場所(仕事)は、きっとどこかにあるし、子どもの頃からそれを意識していくことで、希望のキャリアを得られる可能性を大きくできるのです。人生を生きていく上での励ましの言葉に満ちた、ジョーン・バウワー作品が子どもたちに教えてくれることは沢山ありますね。

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