バディ

Buddy.

出 版 社: PHP研究所

著     者: V・M・ジョーンズ

翻 訳 者: 田中亜希子

発 行 年: 2008年02月

バディ  紹介と感想>

この物語には双子が登場します。主人公は、そのうちの一人です。双子は一緒にいるから双子としてのアイデンティティがあるのではなく、離れて暮らしていても根源的な部分で繋がっているのではないか、と考えてしまうのが双子幻想です。この物語は双子の兄弟の心の絆を描いたものです。その関係性には大きな障壁があるがゆえに、物語の着地点には深く感じ入るところがあります。主人公の、もうすぐ十三歳になる少年は、両親が離婚して父親と二人で暮らしています。男二人でスナック菓子を食べ散らかしても気にしないような、雑で気楽な暮らしぶりでしたが、父親が再婚することになって、絶妙な居心地の悪さを感じ始めている、というのもやはり年頃の少年です。ところで、タイトルが示唆する主人公の相方(バディ)である、もう一人の少年である双子の兄弟はなかなか登場しません。『二人のロッテ』のように、それぞれが離婚した両親に引き取られたのかと思いきや、もっと複雑な事情があって、一緒に暮らしていないのです。その諸事情は次第に明らかになっていきます。それは父親の再婚に悩んだり、学校でライバル視している少年とスポーツで張り合ったり、女の子を好きになったりする、等身大の思春期の少年の日常の悩みを、より複雑なものにしているサムシングです。一卵性の双子の兄弟がいながら、その相方は普通の少年のようには暮らしておらず、大きく隔たっている現在。その隔たりを越えていく繋がりに、尊いものを感じてしまうのも双子ならではかも知れません。ニュージーランドが舞台となった物語。ニュージーランド・ポスト児童書賞受賞作です。

ジョシュはもうすぐ十三歳になる少年です。成績優秀でスポーツも得意。学校でも上手くやっているタイプ。このところの悩みは、父親が「彼女」と再婚して一緒に暮らすことになったこと。父親との気ままな暮らしは、ちゃんとした生活に変わっていきます。テイクアウトばかり食べていたのに、口に合わない変な外国料理を食べさせられるし、だらしなかったはずの父親が、ジムに通って生活改善までしてしまうし、何より、やたらと家族で仲良くしようと気を遣われるのが、思春期の少年にとっては苦痛なのです。そんな気を紛らわすにはスポーツに打ち込むこと。学校の中でも指折りのスポーツが得意な男子であるジョシュには、仲の良いスポーツ仲間が何人もいます。それでも彼は自分には親友がいないと思っています。それは心に秘密を抱えていて、本当のことを誰にも言えないからかも知れません。ジョシュは週末を別れて暮らしている母親の家で一緒に過ごします。そして、日曜日にはピクニックの準備をして二人でチャムリー・リハビリセンターに出かけます。ここにはジョシュの一卵性の双子の兄弟であるジェイコブが暮らしていました。ジェイコブは七年前の事故で脳に障がいを負い、自由に身体が動かせず、車椅子での生活を送っています。言葉も十分に話せず、ただニコニコと笑うだけだけれど、大切なバディ(相棒)である彼に、ジョシュは家のことや学校のことなど、色々な話を聞かせます。それでも、ジェイコブのことを考えるとジョシュには複雑な思いが兆します。ジョシュは学校でジェイコブの存在が知られないように隠しています。がりがりに痩せて、ぐらぐらした頭で口を開け、指も曲がった、自分にそっくりな存在。人がジェイコブをどう見るかをジョシュは悲観的に考えています。それなのに、二人が十三歳の誕生日記念に一緒に出かけたところを、同じクラスでジョシュがライバル視しているシェーンに見られてしまいます。学校で立場を失い、笑いものにされることを恐れるジョシュ。ところが、シェーンは誰にもジェイコブのことを話してはいないようです。こうしてジョシュはシェーンの思惑を計りかねたまま焦燥を募らせることになります。この気持ちの隘路から、ジョシュはどう抜け出していくのでしょうか。

この本の表紙はジョシュであろう少年がサーフボードのようなものを膝に乗せ、その上で頬杖をついている装画で飾られています。一見、サーフボードに思えたそれは、「水の表層」なのだと物語を読んでいるとわかってきます。ジョシュは泳ぐことができません。それ以前に水の表面に足をつけることさえ恐れています。それはジェイコブと一緒に遭遇した水の事故に起因しているということも暗示されています。スポーツが得意なジョシュでありながら不得意なもの。それが水泳です。折しもトライアスロン大会が開催され、ジョシュは友だちに誘われ、チームとして参加して、水泳以外のパートを担当することも検討しますが、やはり一人でバイクとマラソンと水泳をコンプリートする形での参加を標榜します。それにはライバルであり、自分の秘密を知るシェーンへの対抗心がありました。ジョシュは先生のコーチを受け、水の恐怖を克服し、水泳に習熟していきます。このプロセスが彼にバディであるジェイコブに対する思いを深め、これまでの自分を超えていく契機となります。大会当日に、ジョシュを応援にきたジェイコブとのゴール寸前の一幕はまさに物語のクライマックスを飾る場面となります。シェーンとの優勝争いよりももっと大切なものがジョシュにはありました。人の目を気にしていた自分を乗り越えて、バディを支え、バディに支えられて力強く成長していく十三歳の少年の姿と、その感極まるゴールを見守ることができる熱い物語です。そういえば高校の先輩から、別の学校に通っている双子の兄弟がいるという話を聞いたことがありました。それだけの話ですが、いつかどこかで、先輩にそっくりな人に偶然、出会うことがあって、双子の兄弟と知り合いなのだと言いたいという妙な夢想があります。双子幻想は覚めやらないところです。