俳句ガール

出 版 社: 小峰書店

著     者: 堀直子

発 行 年: 2018年12月

俳句ガール  紹介と感想>

あまり中学年向けの児童文学作品を読まないので、四年生が主人公の物語を読むと新鮮だったりします。小学生は一年刻みに、そのメンタルが深まっていくものであり、物語の中での描き分けも注目すべきだなと思いました。本書は素晴らしいバランスでストーリーが展開します。自分の頭の中では『おれたちの羽ばたきをきけ』の堀直子さんと、『ゆうれいママにSOS』シリーズの堀直子さんがつながっていなかったのですが、こうして現在に続く息の長い創作活動に、トーンは違うものの一貫したスピリットを感じています。さて、近年の国内児童文学の中で「俳句」がピックアップされるケースが増えています。心の中に閉じ込められた言葉を、子どもたちが表出して、人と心を近づけていくというのは児童文学の常套のテーマではあるわけですが、そのツールとして選ばれる「俳句」は、実に洗練された表現方法であろうと思います。五七五に季語という定型にならいつつも、そこからはみ出してもかまわないという自由さ。漠然と詩を書くことよりも、とっつきやすいところがあるかも知れません。小学生たちはどんな俳句を捻ったのか。そこに凝らされた工夫や、表現することの悦び。また句の作者の心の裡を慮っていく、心の寄せ方など、俳句を通じて深まるコミュニケーションが微笑ましくも楽しいお話なのです。

小学四年生の女子、つむぎのおばあちゃんがボケ始めたのは、おじいちゃんが亡くなって一年経った頃からでした。ケアマネージャーのすすめでデイサービスに通うようになった、おばあちゃんのところに、つむぎは薬を届けるようにお母さんに頼まれます。ひまわりホームというデイサービス施設に行っているおばあちゃんを訪ねたつむぎは、おばあちゃんが詠んだ俳句が一等賞として貼り出されているのを目にします。俳句の先生にも褒められたというその句と、嬉しそうなおばあちゃんを見ているうちにつむぎに去来したのは、自分もほめられたいという思いでした。つむぎには不満があります。成績優秀で期待されている、お姉さんと違って自分に求められているのは家のお手伝いばかり。友だちは英会話に通いグローバリズムを身につけているというのに自分は何をやっているのか。そんな鬱屈した気持ちが、つむぎの心に俳句をひらめかせます。放課後の黒板に落書きのように残した、つむぎの俳句に、翌日の朝、隣り合わせに返句が書かれていたことに、つむぎは驚きます。一体、誰が何の目的で書いたのか。試すように、つむぎは放課後の黒板に俳句を残します。すると、翌日の朝にはまた返句が寄せられているのです。疑問は深まる一方、黒板の俳句はいたずら書きと呼ばれ、評価されないことに、つむぎは悔しさを募らせていきます。もっと上手くなるために、どう俳句を詠んだらいいのか。そんな折、つむぎは、ひまわりホームでおばあちゃんをほめてくれた俳句の先生のことを知ります。それが同じクラスのアウトローの少年、一生(いっせい)であったことに驚くともに、一生が多くの賞を受賞している少年俳人だということを知るのです。一生との交流によって、つむぎは俳句とは何をどう表現するものなのか考えを深めていきます。クラスが俳句大会を通じて一つになる大団円まで、物語はじっくりと間合いを詰めていきます。

考えて見ると、おばあちゃんの認知症は良くなったわけでもないし、お姉ちゃんは身勝手なままだし、家族の諸々のしわ寄せが、つむぎに振られるという状況は変わらないわけで、家庭生活の不満はそのままなのですね。それはそれでかまわないと、つむぎが思えるようになるというエンディングはちょっと苦いのですが、人間、豊かな心持ちがあれば鷹揚に物事に対処できるものなもかも知れません。ガス抜き、という言葉は好きでないのですが、心のバランスが健やかに保たれるためには、思いの丈を表出することは良いだろうし、言葉を凝らし、工夫することで、豊かに想いを伝えられる自分に自信を持てるようになるはずです。さらに良いところは、つむぎが俳句を通して、今まで良く知らなかった同級生たちの心の裡を慮れるようになるところですね。一生という、クラスの一匹狼である、肩肘張った少年が、病気の父親にどんな思いを抱いていたのか。その切なる気持ちを、彼が詠んだ俳句から想像して、つむぎが心を寄せていくあたりが醍醐味です。『自分のいいいたいことを、すなおに、五、七、五にまとめればいいんだ』と一生に言われた、つむぎですが、自分が上手い俳句を書けるようになるだけではなく、俳句から人の素直な気持ちを読み解いていける心の成長が頼もしいところです。一貫して、つむぎの、ほめられたいという気持ちが前面に出ているのも素直なのですよね。なかなか、ほめられたいとは言えないものです。素直になりたいですね。