彼の名はヤン

Er hieB Jan.

出 版 社: 徳間書店

著     者: イリーナ・コルシュノフ

翻 訳 者: 上田真而子

発 行 年: 1999年03月

彼の名はヤン  紹介と感想>

この文章は2022年3月26日に書いています。ロシアのウクライナ侵攻が始まって、一月近くが経過し、世界中がその成り行きを注視している現在です。多くの一般市民が虐殺されているウクライナ情勢も気になりますが、ロシアの一般の人々がどのような心境でこの戦争を見守っているのかもまた気にかかります。ロシア国内での情報統制やプロパガンダによって、国民の大半はこの侵攻の大義を信じていると報道されていますが、大義以前にヒューマニズムを失った残虐な行為をどう納得しているのかは謎ですし、そこに反対する声も上げられない国情であり、真実の姿は想像の域を出ません。実際、インターネットなどで情報を得ている若い世代と、テレビや新聞だけを信じる中高年とは温度差があると言われています。本書は、第二次世界大戦末期のドイツを舞台にしていますが、ここでも同じように、外国のラジオ放送を聞いている若い世代と、政府広報のみしか耳を貸さない大人たちとのギャップが描かれます。75年以上経ってもその構図が変わらないことに驚かされます。ドイツの正しさを疑うことは許されず、敵国の人々を慮る言葉など口にしてはならないのです。ユダヤ人や占領下のポーランドから連れてこられた下等な人種とは口をきいてもいけない。そんな状況下でポーランド人青年と恋に落ちてしまったドイツ人少女には、この欺瞞に満ちた国家統制に忠誠を誓うフリをすることにほころびが見え始めています。平和な世の中で二人で幸福に過ごせる日を待ち望んでも、それがどんなに遠くに感じられたのか。進行形で終わりが見えないことへの恐怖に、我々もまた心を近づけなければならない状況にいます。この作品を以前よりも身近に感じられる現在がここにあります。

1944年9月。ドイツ国内にも空襲警報が鳴り響き、大きな都市には爆弾が投下される日々が続いていました。17歳になる少女、レギーネは、出征してソ連に赴き、行方不明になっている父親のことを案じながら、母と二人心細く暮らしています。彼女の住む人口3万人のシュタインベルゲンでも初の空襲を受け建物が破壊され、50人の死者が出たというその日、レギーネはポーランド人の青年ヤンと出会ったのです。ドイツの占領下にあるポーランドから連れてこられた人々はバラックに住み、下等民族と蔑まれながら強制労働に従事させられていました。空襲の翌日、レギーネは食べ物を分けてもらうために立ち寄った農家で働くヤンと再会し、言葉を交わします。ドイツ国境近くで育ったというヤンはドイツ語にも堪能でした。ポーランド人と口をきくことは禁じられていることを後ろめたく思いながらも、レギーネやがて毎晩、ヤンと隠れて会うようになります。ドイツ人の女の子と関係を持ったポーランド人は、強制収容所行きか、裁判もないまま絞首刑にされます。重大な秘密を抱えたレギーネは、次第にこの戦争自体への考え方を変えていきます。レギーネの両親が貧しい暮らしから脱出できたのは、ナチスの党員となったことがきっかけであり、父親が戦地で行方不明になった今も、母親はヒトラーへの感謝を口にします。そうした両親の元育ち、国家の裏切り者を告発することが正義であると信じていたレギーネも、ヤンの母国での過酷な体験を聞き、ドイツ人の罪を意識するようになります。そして、自分もまた告発される立場にいたのだということを、ヤンと一緒にいるところをゲシュタポに襲撃され、レギーネは知ることになるのです。悲痛な物語はさらに続きます。

現在、ウクライナから逃れた人々をポーランドの人たちが受け入れて、献身的にサポートしていることがニュースから伝わってきます。その友愛のスピリットには、自分たちがこれまで多くの侵攻や侵略に晒されてきたことが根幹にあると言われています。本書では、ドイツ圧政下のポーランドで行われたことが、ヤンという青年の体験を通じて語られていきます。それをドイツ人の少女はどう受け取ったのか。歴史的事実として知る以上に、物語は登場人物たちの言葉や心の動きで、その恐怖や悲しみという感情を見せてくれます。また傷つけられてきた柔和な青年であるヤンの存在感や、ただレギーネと一緒に生きたいという切なる願いや、彼に寄せる彼女の想いが大きな波となって打ち寄せてきます。まあ、年頃の女の子が得恋の歓びを得たら、友だちに打ち明けたくなるものでしょうね。そんな思春期の恋の激情も、平時であれば、ヤレヤレという感じなのですが、時と場所を越えた強い共感もここに生まれます。戦争児童文学が伝えるものが、非常にビビットに感じられる現在もまた複雑です。訳者は後書きで、情報化社会と言われている現在(1999年)は、自分で判断し自分の考えを持てる時代だが、何かの流れに翻弄され偏見で動いてしまうことに警鐘を鳴らしています。そこからの20年で世の中はどう進化し、人間はどれほど賢明になったか。今回の戦争はSNSによる情報戦であるとも言われ、情報が多すぎるがゆえに、何を信じるべきかが問われており、新たな局面を迎えています。ロシアの国内状況を報道で見る限り、第二次大戦下の情報統制の写し絵のようにも思えたのですが、その真偽をどう確認すべきか。未来の視座からの回答を待ちたいと思いますので、ここに現在を記録しておきます。