錬金術

Alchemy.

出 版 社: 岩波書店

著     者: マーガレット・マーヒー

翻 訳 者: 山田順子

発 行 年: 2005年11月


錬金術  紹介と感想 >
あだ名はイタチ。なぜって、名字がフェレットだから。ジェス・フェレットがイタチと呼ばれる理由はそれだけではなく、いつもコソコソ、イタチみたいに隠れながら学校生活を送っているからです。クラスの誰とも親しくせず、一人で本ばかり読んでいる目立たない女の子。優等生でハンサム、美人ぞろいで、いつも学校の中心であるトップグループの生徒たちからは、目にもとまらない、とるに足らない存在と思われている。トップグループのローランドにしてみれば、そんな彼女と親しくなるなんて考えてもみなかったこと。超然と誰も寄せつけずにいるジェス。モジャモジャの頭をした、さえない容姿。とりえといえば、数学が得意なことくらい。ところが、この物語のクライマックスで、ローランドは、命がけで彼女を救うべく、己の隠された能力を頼りに、混沌の暗闇の中に身を投げ出していくことになるのです。面白い。悪夢の奇術師。錬金術と魔法。蟲惑的な夢幻のファンタジー世界と、思春期の少年少女の家族との関係性や、友情と淡い恋愛感情に戸惑う心理が交錯します。やがて迎える結末には、心の妄執と迷走を抜けだして成長した少年と少女の新しい世界が待っているのです。ファンタジーと心のリアルが「化合」して、生み出された作品。これもまた「物語」というマーヒーの「錬金術」なのかも知れません。

幼い頃から見つづけてきた悪夢。ローランドは繰り返し見る悪夢に悩まされていました。父親と幼い日の自分が、奇術師の舞台にあげられて、その演目に参加する夢。そこでローランドが見せられた幻想的な光景が今も彼の記憶には焼きついています。弟の誕生とともに、理由もわからないまま父は失踪し、女手ひとつで自分たち兄弟を育ててくれた母に喜んでもらいたいがため、伝統ある進学校に進み、優等生になったローランド。そんな順風満帆だった彼が犯してしまった罪。教師のハドソンから突きつけられたのは、彼が万引をしたという事実でした。万引きを不問にしもらう代わりに、ハドソンとした「取引」は、ジェス・フェレットと親しくなり、彼女の様子を報告することだったのです。しかし、ジェスは一筋縄ではいかない女の子。近寄ってくるローランドを不審に思い、撃退する舌鋒はあざやか。それでも、いやいやながら会話していたはずの二人は、妙な楽しさを感じはじめていたのです。

頭が良く、感受性の強い少女であるジェス。あえて孤高を選んだその理由とはなんだったのか。ジェスの複雑な家庭の事情。そして、教師のハドソンが執拗に彼女の家庭のことを知りたがることも、教師が生徒を気遣う範疇を越えています。ローランドの頭の中に、どこからか警告が鳴り響きます。現実に登場する悪夢の中の奇術師。ジェスとその両親の不思議な力。ローランドと父、祖父の秘密。二つの家に流れる特別な血の力。織り成される神秘的なイメージの氾濫と、思春期の心の葛藤。それらがあいまったところで、物語は最終決戦を迎えます。混沌とした闇の迷路はジェスの心の隘路。ローランドは心の迷宮から、彼女自身を救いだすことはできるのか。そして、二人に伸ばされた魔の手からの追撃をかわし、逆転することができるのか。はねつけあう少年少女の意地の張り合いと、言葉と気持ちの駆け引きも可愛らしくて、ゆかしい。無論、きたるべきハッピーエンドには、にっこりと微笑むことのできる、にくい作品です。

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