おりの中の秘密

Dumb creatures.

出 版 社: あすなろ書房

著     者: ジーン・ウィルス

翻 訳 者: 千葉茂樹

発 行 年: 2005年11月

おりの中の秘密 紹介と感想>

主人公の少年、トムは言葉を話すことができません。耳は聴こえるし、言葉を発する器官に問題があるわけではないのに、声がでないのです。となれば、心理的要因による緘黙や失声症のようなケースが考えられますが、本書では詳しくは触れられません。多くの物語では、その原因となる事件が語られますが、トムの場合、生まれてからずっと話せないし、その原因もわからないという状況のようです。言語療法士のトレーニングを受けていますが、捗々しくなく、それでも普通の学校で学校生活を送っています。とはいえ、もちろんコミュニケーションには難があります。同級生たちは、言葉を話せないトムの気持ちを勝手に斟酌します。いえ、まるでトムが何も考えていないかのように、一方的に決めつけられてしまうのです。そんなトムにとって、動物園で言葉を話さない動物たちと会うことは心休まる時間です。そんなある日、檻の中の雌ゴリラに、トムは「手話が通じる」ことを発見します。なぜか手話を理解するゴリラは、トムの母親と同じく、自分も子どもを妊娠しているということをトムに告げます。物語は、この後、生まれたこの雌ゴリラの子ども、ビューティフルをめぐって、親子が引き離される悲しさをトムが「代弁」し、大いなるアクションをおこしていく展開となります。ゴリラが手話を使える、ということも荒唐無稽な展開ではなく、かつての実験の成果を踏まえたことであり、この特別なゴリラの出自から、その可能性が語られていきます。物語に込められた象徴的なものは「言葉を話せない」存在への疎外です。人間の都合で一方的に子どもを奪われるゴリラは、言葉で気持ちを伝えられないからといって、その哀しみがないわけはないのです。これは、外国で言葉を話せない人たちが遭遇していることに通じるかも知れません。言葉を話せない主人公の少年に仮託されたものは、こうした社会的弱者へのまなざしであり、そうした存在への想像力も涵養されます。多くの言葉にできない想いを抱えた主人公たちの物語は、言葉を失った経緯とそこからの回復のプロセスを読ませるものなのですが、本書は、言葉を持たない存在を象徴的に描くための失語であり、やや感覚が違います。 物語はハッピーエンドを迎えることができますが、この寓話が語るものについて、想像を広げていくとやや苦味を感じます。自ずと社会全体に目を向けることにもなります。声にならない声を聞くにはどうすべきかという自省もあります。逆に、聞こえないフリをされ都合よくあしらわれることもあるわけで、大きな声を上げねばとも思います。