若おかみは小学生!

出 版 社: 講談社

著     者: 令丈ヒロ子

発 行 年: 2003年04月


若おかみは小学生!  紹介と感想 >
おっこ、こと関織子は小学六年生の女の子。交通事故で両親を亡くした彼女は、温泉旅館を営む祖母の元へ引き取られ、引っ越してきました。祖母が「おかみ」として切り盛りしている「春の屋」は、数名の従業員しかいないこじんまりとした旅館です。「春の屋」があるこの町は花の湯温泉という観光地で、おっこが通うことになった転校先の小学校の同級生も、みんな旅館や観光客相手の商店を生業とする家の子どもたちばかりでした。両親を亡くした心の傷がまだ癒えないおっこでしたが、もともとは元気でバイタリティ溢れる明るい性格。同級生との意地の張り合いから、ついうっかり「若おかみ」として祖母の後継ぎ宣言をしてしまったりして。そんな成り行きで、おっこの、若おかみ修行が始まります。とはいえ、なかなかうまくいきません。気づかぬうちに「お客様」に対して失礼な態度をとってしまうこともあります。祖母にたしなめられてばかりの、そんなおっこの目の前に現われてピンチを救ってくれたり、余計なチャチャを入れたりするのは、この旅館にとり憑いている幽霊のウリ坊。霊感のあるおっこの目に見える姿は少年ですが、祖母のことを、ちゃんづけで呼んだりと、どうやら相当な齢を経ているようです。そんな心強いパートナーであるウリ坊から励まされたり、力を借りたり、憎まれ口を叩きあったりしながら、困難な状況を乗り越えていく、おっこの若おかみとしての日常が描かれていく作品。元気な女の子がハツラツと活躍する話として十分に面白いのですが、魅力はそれだけに留まりません。

古い旅館には、これまでに積み重ねられてきた細かい接客のしきたりがあります。『まっすぐに手をのばして、ひざに手をそろえること。首だけでこくんとおじぎをしないこと』、『お出迎えは三歩前に出て、お見送りは七歩前に出て、お見送りは七歩前に出て』、『座って挨拶をするときの、ひたいとたたみの距離は十五センチ』。こうした決めごとは、形だけ歓待のポーズをとるものではなく、お客様に自分が心を尽しているというスピリットを示すものです。最初はなんの自覚もないまま、おかみ修業をはじめたおっこも、次第にこうした決めごとの意味を理解していきます。やがて、色々な事件を経て「お客様に喜んでもらう」ことが、自分の喜びに変わっていくことを感じていくのです。自分の心づくしで人に幸せな気持ちになってもらえることの嬉しさ。おかみの所作の意味を理解し、ようやくその立ち居振る舞いを、おっこは自分のものにしていきます。若おかみとして、そして一人の人間として、おっこが誰かと心を沿わせ、喜びを分かち合っていこうとする姿は、さわやかな成長物語としての魅力を感じさせてくれます。幽霊が登場したりと、ファンタジー的な要素もありますが、地に足をつけた労働である旅館業のリアルやディテールがベースとなっており、旅館業を営む上でのサービスマインドやホスピタリティといった、これまでの児童文学にはなじみのなかった概念が入りこんでくるあたりに新機軸を感じさせてくれます。

「小学生」と「若おかみ」という、あまりに突拍子のない言葉の組み合わせに意表をつかれたこのタイトルも、シリーズ累計170万部突破(この文章を書いた当時です。アニメ化もされましたし、もっと大部数となったでしょう)という児童文学史に残る大人気作品の看板として、ごく自然に感じられるようになってきました。親和性がないと思っていた言葉同士の関係も、完成された物語の前には、すべて腑に落ちてしまうところがあります。温泉旅館の「おかみ」は、お客様に対して、具体的なサービスを通じて、心地よく寛げる空間を提供するのが仕事です。そこには気配りや心配りといった、目に見えない繊細なものも含まれます。小学生が「若おかみ」になるというこの設定には、普段、「サービスされる側」にいる子どもたちが、「する側」に視点をシフトしていく面白さがあります。気を使われる側ではなく、積極的に気配りをしていく側に子どもたちが立つということ。自分が満足することだけではなく、誰かを満足させたり、喜びを共有しようとするのは素敵なことだよ、という価値観を小学生たちに提供する、この物語の意義は大きいと思います。労働とは、ただ生活のためにお金を稼ぐだけではなく、誰かと喜びと自分の歓びをわかちあうものだということ。労働から歓びを見出すことは、実は、大人になっても難しいものではあるのですが、心の姿勢次第でこの世界を豊かに感じとれるものだという、このスピリットを、子どもたちに、是非、伝えたいと思います。