初恋アニヴァーサリー

出 版 社: 講談社

著     者: 名木田恵子 倉橋煬子 加納朋子

     小林深雪 八束澄子 令丈ヒロ子

発 行 年: 2008年04月

初恋アニヴァーサリー  紹介と感想>

豪華執筆陣による「初恋」をテーマにした書き下ろしアンソロジーです。2008年に刊行された本ですが、現在(2020年) でも第一線で活躍されている実力派揃いのメンバーによる読み応えのある作品群です。それぞれの活躍フィールドが微妙に違い、作風のカラーや文体の違いなど、比較して読むことでより楽しめる一冊です。児童文学と児童文庫、一般小説などの刊行形態によって、やはり物語作法やスタイル、文体の違いはあります。作家個人の個性は無論、尊重しつつも、ジャンル内での系統発生の踏襲はあるものなので、物語の系譜というものが意識させられます。とはいえ、目一杯、読者を楽しませようというスピリットは皆さん一緒で、各作品の最後にそれぞれ寄せられている作者あとがきも読みどころなのです。トップバッター、名木田恵子さんは、あの『キャンディ・キャンディ』の原作者というのは今は昔、児文芸協会賞受賞作の『レネット』を始め児童文学からエンタメ系まで広く活躍されています。続いては、今、『夜カフェ』シリーズが注目の倉橋燿子さん。児童文庫系が主な活躍フィールドですが、児童文学作品も書かれています。そして、これが青い鳥文庫デビューだという加納朋子さん。日常系ミステリーで定評がある作家さんですが、テレビドラマ化もされた一般小説の『てるてるあした』(『ささら、さや』の姉妹編)などもYA作品テイストがあり、児童文学との親和性の高い方です。そして小林深雪さんは講談社X文庫で活躍され、『泣いちゃいそうだよ』でその名を轟かせた方ですが、ここでは、『泣いちゃいそうだよ』の前日譚が番外編として披露されています。八束澄子さんは正統派児童文学界のエース。社会問題にもアプローチしながら、繊細に思春期の心を描き出す、常に国内児童文学の先端をいくトップランナーです。最後は、令丈ヒロ子さん。今や青い鳥文庫を代表する作家さんであり、そのユーモア感覚が児童書世界に与えた影響は大きいと思います。今回は『若おかみは小学生!』の番外編を寄せられています。ということで、このメンバーが揃って、どんなアンソロジーが紡がれるのかと期待しながら、頭から読んでいきます。

『忘れ草、つまない』(名木田恵子)は、二つ年上の姉の恋人に密かに思いを寄せている妹の物語。姉の影に潜んで、その側にいられるだけで満足していた妹は、姉が別の男と付き合い始めたことを知り、なんとか二人の仲をとりもとうとします。文体は今風なものの、その情念には太宰治の『誰も知らぬ』のような、日本近代文学的な匂いがあり、またタイトルの「忘れ草」は与謝野晶子に鉄幹を取られた歌人、山川登美子の歌をモチーフにしており、まずは虚を突かれます。『カノンの響き』(倉橋燿子)は、帰国子女で学校にも家でも理解を得られず孤独に沈んでいた女の子が、腹立ち紛れに適当に送った携帯メールから、遠く離れた男の子とつながり、交流が生まれる物語です。男の子の足が不自由だったり、約束の場所でのすれ違いなどドラマ要素が沢山あるロマン溢れるストーリーでした。『向こう岸の少女』(加納朋子)は、ちょっとした町の冒険に出かけた少年が、過去の事件の後悔に苛まれている年長の少年と知り合い、彼の心の痛みを知る物語なのですが、ある少女の仕掛けた画策によってそれが解消した、ということを後で知るという複雑な構成の物語です。少女に少年がほのかに惹かれるという、このアンソロジーの中では異色作。そして、ついに『魔法の一瞬で好きになる』(小林深雪)の登場です。『泣いちゃいそうだよ』の凛と広瀬君の中学一年生当時の出会いからが描かれる物語の前日譚です。問答無用に誰かを好きになってしまう、そのストレートさや一途さに圧倒されます。この並びで、続く『周くんとわたし』(八束澄子)を読むと、その綿密な文体と主人公の中学生の少女、花の気持ちの募り方の表現など随分と表現の差を感じます。八束澄子作品は主人公の親や兄弟との関係性が深く描かれることが物語の中心にあるのですが、その部分がなくシンプルな展開となっています。年上の幼馴染の少年が、何故か進学校を辞めて板前修業をしている姿をただ見つめる花の気持ち。その真意に近づけないまま、もどかしい距離感を保っています。こうした恋愛もまた切ないものがあります。最後の『若だんなは小学生!?』(令丈ヒロ子)は、ご存じ『若おかみは小学生!』の番外編。あかねさん、ウリケン、鳥居くんなど、普段、パワー溢れる女子たちを盛り立てている男子たちのサイドストーリー。夢オチの連続でどうなることかと思いきや、男子たちの心の真相に迫り、女子たちとの関係性が浮き彫りになる楽しいお話です。ということで、盛りだくさんの一冊。各話に作者あとがきと詳しい著者紹介もあって、丁寧な作りの企画本という印象です。

六編中、四編は女子中学生が主人公です。この年頃とって、誰かを好きになる、ということが最大の関心事なのだろうというのは、想像に難くないところです。とはいえ、恋愛を前にして、自分という存在の不確かさがそこにはあって、自信を持って相手に近づくことはできないものです。そこで戸惑ったり、悩んだりする。そこから「自分はただ見続けているだけでいい」なんて心境になったり、それでも自分を見ていてくれることにときめいたりと、そんな千々に乱れる気持ちの嵐が吹き荒れます。リアルタイムで中学生女子を生きている子たちへのエールとして贈られた物語。十年も経つと携帯電話などのインフラが変わって、コミュニケーションツールも進化しています(テレビ電話だって簡単にできるようになったわけだし)。とはいえ、本質的なことはそうそう変わらないし、その時のインフラの限界という制約条件が物語を面白くしている気もするのです。十年後にもこの作品が、誰からに手にとってもらえるように語り継いでいきたいと思います。